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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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ドビュッシー 交響組曲「春」(1)原典復元版(甲)

さてゆりかもさんのコメントで言及して、「ざわ・ざわ」と影響があった件

ドビュッシーの交響組曲「春」のオリジナル版想像復元版を中心に。

毎度なる不定期シリーズに。


Debussy: Rediscovered
Claude Debussy Emil de Cou San Francisco Ballet Orchestra Lisa Vroman / Arabesque
スコア選択: ★★★★★


当音盤は主に作曲者以外の編曲によるドビュッシーの各種作品を集成したもので、それらのなかで誠に珍妙なるは、指揮者のエミル・コウによる復元された,交響組曲「春」完全再現というものが収録されている次第でありなん。

さて件懸命なる愛好に音楽家の方々には周知なことながら・・・・・現行の交響組曲「春」にては、必ず「ビュッセル編の件」付くことである。

その経緯は後の章にj詳しく言及するが、あらましとしては、作曲者が「放蕩息子」(1884)による受賞した「ローマ大賞」の成果作品としてつくられ後述の理由で全貌が失われた「ジュレイマ」「森のディアーヌ」などのカンターターなどと同時期に作成される、そして趣向があわないローマからパリへ留学を早めに切り上げて帰国したドビュッシーの「最初の成果」として提出されたが?その特異な作品の状態によるものか、アカデミーに反抗的なドビュツシーへの嫌悪からか?当初アカデミーから拒否される次第似て候。

 その講評時の審査員だったサンサースが評論の言う「ドビュッシー氏この奇妙な印象主義から脱却すべきである」旨の発言から、音楽史上で始めてドビュッシーの周辺の類似した語法の「不確かなくくり」として「印象主義という喩え」が現れた作品にもなる次第であり。

(*)尚成立の一説にはローマ留学のボッチチェリの「春」への印象が一端とされているが、その具体的関係は音楽の構成に影響が見られないが、今後の各位の検証が期待される。
 そしてドビュッシーは次回作「選ばれし乙女」(1887)を作成する、その後他留学作品(*)の初演トラブルを巡り、そのとばっちりで「選ばれし」以外は演奏される機会を完全に失った、さらに追い討ちをかけるように「春」「ジュレイマ(注)」「森のダイアナ」などの音楽院の倉庫の火災で焼失してしまう。

(*)ピアノと管弦楽のための「幻想曲」での抜粋初演を巡る初演者ダンティーとドビュツシーのやり取りが要因であり。言及すると長くなる「諸説」ある理由の為作曲者が総譜を引き上げた顚末

 その消失した編成は同時期のカンタータ「選ばれし乙女」こ酷似している管弦楽と女性合唱という組み合わせであり、後の夜想曲の「海の精」の編成の前駆とも言える。

なおこの編成への執着がドビュッシーのオリジナルといえばそうでもないようであり、当時は文化教養として女性合唱が流行しており、社交慣習的タブーとして混声合唱は民間で形成することが趣味としては好ましくないという背景もドビュッシーの当編成の起用の要因の一つとも言われいる。

なお同様の編成では非難をしてサンサーンスがサムソンとデリラの次女の合唱当たりの前駆があり、同時期にはフォーレのカリギュラおよびプロメテウスといった1880年代の作品にもあり、その前後に類似の編成の作品(*)もある次第でそれらを裏付けている。

ショーソン「聖セシル」ダンティー「マドレーヌ」キャプレの「弦楽四重奏と女声合唱のための音楽」など出現しており、その後当該例と遠い影響を感じる英国のホルストの「惑星」の「海王星」などがある

さてはなしを戻して、消失したスコアをよそに、その曲の残された2台のピアノと女性合唱の草稿が雑誌の付録として発表され、それを1912-13にビュッセルが作曲者の承認を受け、当草稿の合唱部分の器楽化をメインにした編曲を行い1913年の4月に初演される。

 このビュツセル版の春には特異なる「2台のピアノ」などが残されているのは上記理由によるものであり、その版の音楽も、おそらく余長な理由で作曲者と協議した可能性もあるが?現在出版されているドーバに収録されている草稿版の2台ピアノ+女性合唱版と比較せると、何箇所にわたる小節のカットがなされており、一番大きい終楽章のゴーダの直前の削除部分は結構音楽の印象が変わるほどのものにて候。
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今回のエミル・コウはその失われた管弦楽部分を、2台ピアノに残された部分も含めて管弦楽化しており、それはビュッセル版で削除された部分まで再現している次第。

 それゆえに2台のピアノは編成から除かれ、弦楽とハープの流麗さが際立つ編曲になり、より同時期の「選ばれし乙女」や当時ドビュツシーが心酔したワーグナーのパルシファルのかすかな影響が見えるものに変貌している次第にて候。

なお詳細の言及はまたいずれ
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by dr-enkaizan | 2006-03-09 01:59 | ドビュッシー@管弦楽

ヨコハマ買出し紀行の終焉

さてつかの間の再開に残念な事が一つあり
講談社の月間漫画雑誌「アフタヌーン」の11年越しの連載になる、名物な芦奈野ひとし氏の著作ヨコハマ買出し紀行が今月の掲載を持って突然最終回を迎えてしまった事にて候


(当ブログもその舞台のモデル黒崎の鼻付近を
つぶやき岩の弁慶の泣き所の秘密買出し紀行。 にてとりあげてもいる)


最終巻五月の下旬発売とのこと

現在は下記の13巻が最新巻である。
ヨコハマ買い出し紀行 13 (13)
芦奈野 ひとし / 講談社
ISBN : 4063211711
 
内容は はてなの記事 参照すると
舞台は、文明がほぼ滅びた近(?)未来。のんびりとした時が流れ、のちに”夕凪の時代”と呼ばれる時代。とある片田舎(神奈川県・三浦半島近辺)の西の岬で、小さな喫茶店を経営する主人公ロボット、アルファと、彼女を取り巻く人々との、穏やかな穏やかな物語。


ともかく三浦半島育ちの作者見た三浦半島の風景への未来的妄想が素晴らしい形に昇華した背景に繰り広げられる緩やかな展開と考える余白の多い、表に出ないSF設定ありの物語は、前例なきオリジナリティー溢れる作品。

ネタばれしない程度に、結末は主人公である歳をとらないアンドロイドの主人公のアルファー達アルファ型ロボットが時にふれあい、時に生活を共にする人々や界隈の成長や流転をみまもったその後が描いており、(その後は詳細は描いていないことである程度示唆できる)その認知の課程は、丁度対をなすことになる第一回と同じヨコハマへの買出しを筋に解る次第。
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ヨコハマ買い出し紀行 (14)
追記なお06年七月にこの作品と舞台観を同じくする小品「峠」が掲載される
そこでは、10年後が舞台で一人の少女が、もう存在が定かではない、カフェに向かい東国入りする内容である。
因みに07年に芦名野氏はアフタヌーンに新連載予定されている次第。
ちなみに過去に二期アニメになっておりDVDもありその第一期は傑作


手軽に世界観を知りたければ単行本数冊(1-4)を併せ持って見る事を推奨。
ヨコハマ買い出し紀行 1 (1)
ヨコハマ買い出し紀行 2 (2)
ヨコハマ買い出し紀行 3 (3)


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ヨコハマ買い出し紀行 4 (4)


因みに円海山的にはケクランの「燃える茂み」などやパットメセニーの緩やかなナンバーが聞こえてきそうな作品であり、その連載終止は誠に残念。さて皆様はこの作品にどのような音楽を感じるのかご意見コメント及びTBで拝聴も希望したい今日この頃。

Le buisson ardent・Sur les flots lointains
Charles Koechlin Leif Segerstam Rheinland-Pfalz Philharmonic / Marco Polo
ISBN : B00000463B
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by dr-enkaizan | 2006-02-28 02:18 | 書籍@コミック

元の深刻さと裏腹に・・・また笑わずに聞けなくなる一曲が・・・・

ドイツっぽく便意を伝えたい
ブラームス
交響曲の第一番の第一楽章主部を聞いて笑い転げる日が来るとは・・・・
恐るべし新世紀
なんという感動的なフラッシュだ。
<評>
 かつてチェリビダッケの来日のFMライブで第一楽章主部後半の提示部分から推移する部分で、突然始まる尿意を我慢して、エアチェック(しかもCHFの赤でのローバイアス)を敢行した「”請災”*1離陸」経験した僕にとっては、非常に世代的共感をもって迎えられると言えよう。(*1読み方と当て字が厨房的な表現)

本務たる課題(海)をよそに報告セリ。
ブラームス:交響曲第1番
ミュンシュ(シャルル) パリ管弦楽団 ブラームス / 東芝EMI
ISBN : B00005NDD5



熱血の代表か

ブラームス:交響曲第1番
ベーム(カール) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ブラームス / ユニバーサルクラシック
ISBN : B000CSUWHG

無骨で地味ながら感動的な結末


これを聞いて
イッヒ・フンバルト〔略〕
は・・・・一寸困った次第でもありなん。
のだめのネタのCDもでているゆえ
ある意味去年後半~今年初頭の「ブレーク」した交響曲ということに・・・・?。

出展ヤマイモ木から生えてくる観察ブログ
こちらに「2ちゃん」発での経緯が解る次第。

追伸:ロシア語版はニッポン放送に混信していた頃の中波のモスクワ放送風のショートディレーのかかる強出力気味の歪みを伴った音声でチャイコフスキーの四番の終楽章とかショスタコービッチの森の歌あたりで・・・・と妄想
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by dr-enkaizan | 2006-02-26 13:07 | つかの間の再開

バイオリン・ソナタのためのアンダンテは奈良でアイデアが生まれた!!

奈良へ

ピアノ協奏曲第三番の越後獅子と異なり、作曲家の作品への心象が・・・・鹿ぜんべいの先祖の鹿パンとは。
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番&第2番
庄司紗矢香 ゴラン(イタマール) プロコフィエフ ショスタコーヴィチ ツィガーノフ / ユニバーサルクラシック


奈良は「プロコフィエフのヴァイオリンソナタの発祥の街」
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by dr-enkaizan | 2005-06-19 23:59 | クラシック

プロコフィエフ・・・三つのオレンジへの恋について日本で思う

プロコフィエフの日本滞在日記:2005年6月16日

カルロ・ゴッチの喜劇であり、むしろプロコフィエフの歌劇のほうが有名な向きがある次第。

これについて京都の旅先で決心していたとは・・・・この日記は重要かも。


プロコフィエフ:歌劇 「 3つのオレンジへの恋 」プロローグと4幕
/ ビデオメーカー
ISBN : B000078904
プロコフィエフ:歌劇「3つのオレンジへの恋」
ゲルギエフ(ワレリー) プロコフィエフ サンクトペテルブルク・キーロフ歌劇場管弦楽団 キット(ミハイール) アキーモフ(エヴゲーニー) デャチコーヴァ(ラリッサ) モローゾフ(アレクサンドル) プルー / ユニバーサルクラシック
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by dr-enkaizan | 2005-06-19 12:10 | クラシック

玩具の世界も「引責リレー」

タカラとトミー、経営統合へ
玩具大手のタカラとトミーは経営統合する方向で最終調整に入った。両社は
12日の取締役会で統合の基本方針を決定する見通し。2005年3月期の連結売
上高を単純合算すると約1800億円となり、玩具・ゲーム業界では4位となる。先
日統合を発表し2位に浮上するバンダイ・ナムコに続く大型統合となり、再編機
運が一気に高まりそうだ。
 両社は今秋、キャラクターを使ったインターネット配信用のコンテンツ(情報の
中身)制作会社を設立。(中略)事業分野のうち玩具部門の売り上げ合算は約
1600億円に達し、ゲームや映像制作なども抱えたバンダイを抜いて1位にな
る。NIKKEINET (07:00)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20050512AT1D110CI11052005.html

ようするにトランスフォーマーとゾイドの枠が無くなり、プラレールの踏切にチョロQが走る日が近いという予感。

統合後にはキャラの被る商品は整理される可能性での、「プレミア向上」の青田買いも・・・。 

 それより円海山としてしは「アナクロな先端技術を無駄に使用した感じの電子玩具振りがナイスな」遊び方で、日本全国侵略できるか心配な「電脳隕石GYA」は・・・・売れなくなったらメーカー同士でその「引責」をキャッチボールして、これが本当な両者経営不振で「電脳引責嫌」とかタブロイド紙の見出しに書かれないようがんばって発売し続けてほしいところ。

 さて対オークションでプレミア青田買いする統合規格は?デジタルプラレールの携帯ソフト化希ボンヌ・ロリオ(後ろのロリオはオリビエ・メシアン好き対策)

できうるなら夢を錘だ玩具は減らずに交響してくだちぃ
親父モーツアルトは月並みだから。

そんな願いを込めて玩具にちなんだフランス音楽で

ラヴェル:子供と魔法
アリオット=ルガズ(コレット) デュボス(カトリーヌ) レフォール(マリ=フランソワ) ボープレ(オデット) カールソン(クローディーヌ) サラザン(ライオネル) アンリ(ディディエ) ゴーティエ(ジ / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00005FKL8



ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲/バレエ「おもちゃ箱」/同「遊戯」■トーマス/LSO
ドビュッシー マイケル・ティルソン・トーマス ロンドンso / ソニーミュージックエンタテインメント
ISBN : B00005N0D0
これはトーマスのドビュッシー最終成果

曲目の価値を一新する出来映え

マッチボックのミニーカのような出来のいい玩具ような演奏

聞いて味噌度崇し

(ミーニカてっ古いブログではやりのマイノリティーイントネェーションだよなぁ・・・うーん禍々しい)

ミニカー大百科―トミカコレクションのすべて
講談社 / 講談社
ISBN : 4061797514
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by dr-enkaizan | 2005-05-12 10:36 | 解説のない音盤紹介

関屋晋さん死去

asahi.com: 合唱指揮者の関屋晋さん死去-おくやみ

もう何も言うこと無しベルリンとの競演は評価はどうあれ、エポック也。

カルミナ・ブラーナ
/ ユニバーサルクラシック

安らかに。

追記
混声合唱のための「うた」~明日ハ晴レカナ、曇りカナ
晋友会合唱団 関谷晋 武満徹 / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00005FG7W
ヤバイ・・・聞こうと思っただけでなんか涙目が・・・・。
収録曲9の「死んだ男の残したものは」なんて刹那な・・・・。
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by dr-enkaizan | 2005-04-11 23:17 | クラシック

 「夜の歌」祭り

グスタフ・マーラー作曲、交響曲第7番「夜の歌」

 ある意味円海山の刷り込みのク-ベリックの「夜の歌」しかもその金管の音色へのオケの感慨も同じとは恐れ入る次第、他の交響曲の録音も考慮すると?若干七番は残響も多くことさらその特徴が際立つ次第にて候。

 逆に考えればこの軽さは、この七番への巧みなクーベリックの戦略につながるとも妄想することも一興に値するのかも?これはクーベリックのヤナーチェック演奏あたりでの妥当性を考えると、モラヴィアのトデぃショナルな要素を加味しての結果の一抹の可能性を当たりたい次第似て候。

ことさら「夜の歌」はうたかたの夜よろしく器楽も刹那な使用法が光る次第にて候。夜の歌2でのギターとマンドリン夜の歌1でのカウベル。フィナーレーの鐘とカウベル

そして第一楽章の奇妙なテナーホルンと高音域歌唱志向のトロンボーン(*)と信号的な動作に終始するトランペットは前述の演奏でのオケの音色が際立つ無二の瞬間とも言える次第。

円海山的には「遇」としてジェームス・レバイン指揮するシカゴ交響楽団(かつて若きクーベリックが振っていた)の現実的な明るい色彩に彩られた演奏も推奨さらにテンシュテッドのロンドンフィルの録音も(その残響に浮かぶ金管がクーベリックのそれを思い起こさせる)それらの「対偶」関係でさらに「対」としてはレナードバーンスタインのニューヨークフィルの一回目録音の感情移入が歩みを妨げないころの音楽への肉付けとして念頭にあがる次第。

まま此処では「遇」のレヴァインを代表にお勧めする次第。
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このジャケッドは世界一「七番」していやがるやも?

 さて夜のメルヘンへのいざないあるいは?夜の森羅万象に触るような、不条理な道行の第一楽章のテナーホルンの奇妙な音色は、冒頭の主題から始まり、随所に活躍する、さらに展開部の後半のロンボーンとの対話のモノローグでは交響曲第五の第二楽章の主題が引用されるくだりは、マーラーが夜の闇に見たトラウマか?
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下段トロンボーンがモノローグで始まり上段テナーホルンがアレグロ主部の行進曲主題を導入
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トロンボーンが第五の第二楽章の主部の主題を・・・・(四角内)

「人間は夜の闇に、星や月に照らされる森羅を見いろんなものを思い起こす理が交響曲の謎めいた音楽挙動と所見もさるる物。


(*)余り話題にならないが一番パートの持ち替えにてアルトトロンボーンも使用されている
第一楽章の第二主題群の確保後の推移する部分でコラールがはいるあたりに明確な持ち替え要なことが判る。

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ちなみにこの後のハープに導入される第二主題は

まさに星月夜のような光のさしこみ。
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 ちなみにマーラーが晩年にアメリカでの初演したドビュッシーの「春のロンド」を含む「管弦楽のための映像(映像第三集)」の「イベリア」が三楽章であり、「夜の音楽」を含み「ジーグ」と「春のロンド」を挟むとアーチ型(夜の香りを軸とする)になるあたりで。何かしらのシンクロニシティと関連をかんじつつ・・この辺で。a0007939_2322590.gif
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by dr-enkaizan | 2005-02-09 03:27 | 解説のない音盤紹介

1988マカロニ 伊福部

 伊福部氏の特撮付随音楽の評判は、米国の他にイタリアでの愛好されたも凄まじくある一例を示した一例がこの「伊福部昭作品集 イタリアンライヴ」(SLCS-5004)であり申そう。
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1988年3/15にイタリアのプラトーでのコンサート、しかし演奏団体は無料コンサートで、有志に近いアマチュア団体と演奏者に、多少のプロの寄せ集めであり、譜面も金銭面の関係から東宝のパブリッシュなスコアは得られず、すべて耳コピーの独自のアレンジによる映画音楽の再現とさまざまなアレンジからなるものにて候。
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 面白いのはゲストのアーティストにエンリオ・モリコーネのマカロニウエスタンの音楽でスキャットの朗唱者のエッダ女史が参入しており、「モスラ対ゴジラ」や「キングコング対ゴジラ」の演奏で歌を聞かせる。
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 吹奏楽に若干弦楽が加わった、簡易オーケストラの音色は少々怪しく、ゴジラのテーマは演奏上の制約か?譜面読みの間違いかオクターヴ高いところもあったり、少々失笑を誘うところもあるが、場の盛り上がりは尋常ではなく、イタリアの愛好されかたもたいしたものであるのは確認できる次第にて候。

 ライナーノートによると会場はホリゾントスクリーンに東宝特撮のポスターが投影されたり。
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前衛絵画の芸術家の音楽に合わせたパフォーマンスもあり。
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充実しているが、やはり伊福部というより世評は「日本の特撮」のあつかいなのが、投影されたポスターに伊福部氏の弟子の音楽担当して「妖星ゴラス」などが一緒くたにされているの点で判る。

 そんな点を棚に上げてもこの事例は作曲家を喜ばせ、このコンサートへ国際電話で日本語とイタリア語でメッセージを寄せておりそえも、当音盤に収録されている。

 確かに聞き所はかなりあり、大編成の合唱による、コングコング対ゴジラの合唱の再現などはステレオで聞けることはすばらしく、長らく井上氏の「ゴジラ伝説」でのシンセ編曲の寂しい合唱で聞いてきたものにはすばらしいものでござ候。

 またピアノ編曲による帝都の惨状は、これひとつで独立した伊福部作品のピアノ小品にしてもいいような芸術性の高さも示し、初代ゴジラの音楽のすごさを伝える出来栄え。

 会場ノイズもすごいが場内吊マイクで捉えられた録音は音盤を作る前提ではなく、記念とししての、私家盤的要素が強く・・・このような音盤が国内使用で発売されたのは驚異の事実ながら、演奏家の音楽センスのすばらしさは、面白さを超えて際物との間を微妙に越えるもにであり、さらに深入りする方々は探訪を推奨セルものにて候。
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by dr-enkaizan | 2004-11-23 22:19 | 現代音楽

つまり最初から…… あまんきみこはすべてを預言していたんだよ!!!」

 山林の環境破壊による熊の市街地への乱入、熊による作物や人およびその資産への危害、それは、排除せんとする人と熊の果てしなき戦いへ発展する・・・・・・

「…今の日本は完全に"安全神話"というものが崩れてしまった。」

 人類はまったく未踏の破滅の領域へ踏み込もうそしているのか?

「おれたちは……何もかも…… 何もかも遅すぎたんだ………」

熊の襲来!!!

もう熊たちの人類社会への潜入はすでにはじまっているんだ。

だがそれは・・・・・すべてこの一冊の書物に・・・
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なんだって!!!
ということで

あまんきみこ著 短編童話集『車のいろは空のいろ』(1968年3月、ポプラ社)の

【くま紳士の身の上話】

 この童話はそもそも著名なのは、当童話集「白いぼうし」が小学校の国語教科書に採用されていることで知られているという位置づけ似て候

 作者のあまんきみこ女史は931年、旧満州撫順市生まれ。日本女子大学児童学科の通信教育部にて。與田準一の紹介する同人誌「びわの実学校」を知り、作品を発表、その連作を1968年にまとめたのが当作品。

 空色のフツーのタクシー運転手、「松井さん」が乗せた奇妙な客たちによって導かれる、アメージングストーリー。

 その客は、その日だけ戦災で失った家族と出会える時間がある角道に、タクシーを走らせる母だったり、魚たちに釣られた仲間を強制奪還されるつり客だったり、山猫、つかまったモンシロチョウの化身の少女だっり、時に化け狐を乗せて行きがかりで狐の人間化けコンクールに参加させられてしまう話と多彩である。

 これらのファンタージーにでてくる、本来の住処を追われた、もしくは捕らえられ、人間世界にひっそり住む動物たちのすがたは、満州から強制的に帰還した作者の心情のメタファーという頭の片隅が自虐史オルグしているダークな解釈をする人々もいるが?

当方は「素直にたのしめよ!!ですよ童話なんだからさぁ」とい言いたい。

そして当エピソード「くま紳士の身の上話」は運転手松井さんが初登場するこの童話の最初に投稿された話でもある。

 その後に女史の恩師與田氏は、松井さんのタクシーにいろんなお客さんを乗せることが出来ると示唆して、この連作が生まれる。「與田先生GJ!!」

 とある日松井さんの乗せた客の忘物の財布の中に名刺があり、「熊谷株式会社 熊野熊吉」と書いてあり、そこへ届けにゆくとその紳士は、自分が熊であることを告白、実は話し相手がほしいゆえに財布を落としたことまでカミング、そして今は亡きふるさとのこたたん山への郷愁をといった話。

 私はこれを読んだ時この話には人類に対する恐るべき計画が記されているかもしれない

これを呼んだ世代が今メルヘンの文脈で蒙昧な「熊保護」を模索せんとしているのではないか!!

そうか?
歴史の節目において情報操作は必ず行われているだと叫びたい!!

なわけはないが・・・・・このご時勢には意味深い温故知新ぜひさいどお読みくださいまし。

追伸:1977年ごろの谷山浩子のキャニオンデの最初のアルバム「猫の森へ帰れない
のB面には当作品から抜粋したエピソードによる組曲仕立てになっていて、非常に優れた音楽を堪能せしむること語約束にて候。

中古で見かけたら絶対買いやがれです な音盤にて御座候




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7.すずかけ通り三丁目
8.おさかなはあみの中
9.山猫おことわり
10.くま紳士の身の上話
11.本日は雪天なり


「ヒロシデス・・・・・・101人コンサートにいきました!!」

自虐ネタ芸人ヒロシさんのネタでも十分いける・・・・・。
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by dr-enkaizan | 2004-11-10 02:47 | 書籍@童話