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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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フルトヴェングラーのモントルー

フジテレビのベルリンフィルの特集・・・・皆様はどのようにごらんになったでのせうか?

 どうも素直に見れない箇所が多くあり、現状における打楽器奏者ラトルの企画らしいのですが、子供のへあたえららる音楽体験が余りに「奔放」「無秩序」なのは?果たしてクラシックとして正しいか?が疑問であり、たんなる音楽啓蒙の「スタントプレィー」のような気もしなくないよう気もいたす次第・・・。

 この子供たちにイメージした事柄への能動的パフォーマンスジャンルは、にこだわらない音楽を行動と捉える点での、ボーダーレスということは一見聞こえ良きことながら、音楽における深い共感や感動としての「受動的な感受性」の方を蔑ろにしているようにも見えるもはこれいかに?まあ取り上げ方の問題があることしかり、ほかにパユファンのフルート愛好家の女性も?あれでは単なる「芸能人オサレ追っかけ」の「痛い女」の扱いにしか見えず、なぜメインページにフルート音楽を愛好するテーマの旨があり、其の傘下に設けられたコンテンツとしてベルリンフィルの「パユ様」を紹介しないのか?あのTV局の「無理解」に怒りを覚える。

 さらに入門用とはいえ当時のフルトヴェングラーとベルリンフィル亡命での周辺者の功績をただゲシュタポの内通者だけの紹介に留まっているのも、また当時のオケ団員に観客というたり着たりなお涙再現ドラマの証言の感動の押し売りと賞賛つくしにも、本題に到達知る前にしょうしょう胃もたれを起こしそうになるくどさを感ずることしかり。


 ユダヤ人をめぐるゲッペルスとの確執についてはあるが、ヒンデミットのマティス事件の言及もなく、さらに急な亡命劇の実際スイス入国にはシェーンベルクがらみでのユダヤ保護へのよしみと、ナチ以外の共産党員へ傾倒してて反ナチ活動をしていたシェルヘンや、スイスの仕事の手配に奔走していたアンセルメなどの周辺人への言及もなく、さらに五時間差で脱出劇や書類が不備を見逃したスイス税関員のGJなど、まあTVとしたらベルリンメインとして仕方なく割愛したのだとは思うが・・・・・あまりに浅過ぎるのに肩を落すこと多きことにて候。

これは重箱の隅の話といえばそれまでのお話

 ちなみに2/12.14スイス・ロマンド管、2/23ヴィンタートゥーア管でブル8を
そしてまだ評判がナチを払拭できずに2/25強い反対運動が起きてトーンハレ管は中止して
彼は演奏より作曲活動が盛んになり第二交響曲がかかれていたりもしますが。

このころの音源はあるようなないような?これはあまりディープではないアンセルメよりの情報からゆえ詳細はこのれぐらいしか不明・・・・ご存知の方はコメントください

 これらは当方「手持ちねた記憶」より無断リンク禁止のサイトさんにはさらに詳しいので
グーグルで「モントルーの」 「フルトヴェングラー」などで検索してみること推奨いたしまする。
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by dr-enkaizan | 2004-11-10 23:32 | クラシック

アダルトサイトにつながる情報掲載で「小学六年生」を回収

ITmediaニュース:アダルトサイトにつながる情報掲載で「小学六年生」を回収

携帯をやった途端「子供の」マナーが悪くなったことが思い出されルル物也
 ようするに言いも悪いもなんとやら。情報機器は車と同じ扱いで判断とか肉体条件も通常の使用には規制が必要なのでは愚孝す。
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by dr-enkaizan | 2004-08-14 23:04 | 雑文

ドビュッシー:付随音楽「リア王」

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2004年アテネオリンピックで聖火の伴奏音楽として「ファンファーレ」が流れ、一躍ブレイクしそうな音楽へ成り上がりそうな気配、よもやドビュッシーも、かつて晩年の貧困の時代に、自由劇場のアントワーヌからの依属による、ジェークスピアの同名の劇への付随音楽として、仕方なく受け、結局ファンファーレ-とリア王の眠りしか書かれなかった「「破棄」同然の作品が、このようなメジャーな場所で鳴り響くと思わなんだで御座候。
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 1926年に編曲はロジェ・デュカスがオーケストレーションを整え、初演

勇壮な旋法的ファンファーレと行進が金管と打楽器で展開され、アルカイックな荘厳な音楽である「ファンファーレ」とピアノ曲「スケッチブックより」と近親の響きを持つ弦楽に始まり、金管の物憂いが勇壮なモノローグ的奏楽の調べ、そして最後はまどろみの如し二度音程の特徴付けされた和音で渾沌の果てに向う「リア王の眠り」から構成される小品。

演奏はジャンマルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団がスタンダードに他にサイモンラトルのバーミンガムの録音あり。

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by dr-enkaizan | 2004-08-14 06:21 | ドビュッシー@管弦楽

「プチころしますわよ」

アキバBlogに面白いネタ発見
当該記事
「ブチ殺します」と書いた不法投棄ごみ被害者の会が千代田区と万世橋警察署から指導?で
「プチころしますわよ」
に変更


文頭に「ごきげんよう」はつけて欲しかった・・・・・(-_-)。O

できればフライング・ブラ房にもコレぐらいのコメントで主催者は・・・・・・
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by dr-enkaizan | 2004-08-11 00:51 | 雑文

懲りないのか?・障害者をネタにするNHKのメディアリテラシ

報に近いが祭りの予感致す所存
マダ-ム「ルナマ●」再びの股旅ですよ・・・・

 さてHP更新に合間にかけていたTVから奇妙なゴスペルの歌とそれを取り巻く「オサレ」な集団のレコーディングセッションが流れるですよ。

さて取り囲まれるのは「全盲の同情すべき境遇」の14を迎える少年
そしてその少年のレコーディング風景ですよ。
なんか親の趣味押し付けみたいなことを享受して、サービスが心地よいのか、ご機嫌なんですよ、その少年は・・・。

ようするにNHKは「障害を持つ方々」が「芸術」をする点においてのみ「感動的」に捉えようとするですか?「奇跡の詩人」の次は「奇跡のコスペラー」というわけなのが「丸わかり」なのです、それよりも大半の一般業務学務につく方々もいるというのに、レアなものばかりこれはもう「障害者」と言うものに対する社会的なものから剥離さぜる得ない風潮をリテラシーする悪意すら感じちゃいますよ。

本人の価値は否定できないやもしれませんがね、必要以上に天才扱いの感動、仲良しオンパレードと親の趣向押し付けにしか他人には見えない。

音楽を感動の小道具にするのは音楽愛好家として不愉快

試聴中止・・・。
さらにこの児のCDを世評の話題になる前に、製作過程から取り上げて話題にしてしまう事自体、国営放送の定義に反する不平等でございますですこと。

これも「詩人の時」に「懲りている」はずでしょう。
懲りてナイんですね。NHKは・・・。
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by dr-enkaizan | 2004-04-29 14:05 | 雑文

音楽掲示板じゃなかったの?

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_今日は二極間妄想竹のおはなし_

大手老舗のクッシック音楽掲示板の、クラッシク招き猫の最近「散歩道」が社会世相掲示板の様相を呈している。
音楽よりもそれに纏わる社会的な話題をする論客指向の人が増え、本来の音楽の話題に漏り上がった頃が懐かしい。

しかし最近は輸入盤規制に、コンサートの動向に何らかの異変が発生しており、そうした生の情報を得られる投稿は非常に有り難いものゆえ、無論続けて悪い訳ではないが、投稿の前に「やっていることが常識か」「立場の自慢」と「偏り」がなく、管理人の迷惑にならないように、しかも一部の立場の人間に心ある配慮があるか?は考慮する必要があるものもいる。

無論「新聞購読を楯に¥1000-もする雑誌をなんたら」とか、個人的不快な事件をもとに、世相を騙り「やくざ」呼ばわりは、論外である。

 内心・・・個人的には一部思い当たり賛同できる提言は「ベリーグット」なれどどれだけの人間が「個人の価値観ぶつかり合いでの不毛な論争」「偏向した意見」に、「不当な呼ばわり」をされて、トラブルが起きるのもネットの歴史たるもの知るべし。

掲示板とは相手の見えぬ潜水艦の航行の如し、「ピンガー」よりも「聴音」が大切なり、水面にいる、駆逐艦から魚雷・爆雷がきて撃沈されてからでは遅しものといえば、いろいろ暗喩がありすぎな古参の意見に過ぎず御座候。ネット暦が浅そうな投稿者は「撃沈」とは戦争以外にも有る事を知るべし。

それらの前に、モーリス・ラヴェルがラ・ヴェルスをディアギレフが上演したか、しないかを確認して、不協和音一言で成り立つような(笑)評論気取りの感想文を書いたほうが同感できて面白い。

さて音楽雑誌にするようにその配慮を思い出してくだちい。(ガンツ風)

「なにしろ」において、なんか今のトップスレッドも奇妙なお話
クラッシクファンのコンサートの動向で、社会世相及び動きまでわかるとしたら大 間違い、誇大妄想、孟宗竹なんちゃって。(広川太一郎風)
 非常に企業バブルの一般の正規雇用の枠から漏れた青年~中年をいまのマスコミが社会世相として、勝ち組みの良識社会人放送政策&アナウンサーが政治の所為だといわんばかりにまゆに立て皺を寄せて、浮浪者の扱いで報道するが、その辺の話題に囚われた視線で自分か金持ちだから言えそうな感慨の宦官(笑)。

 ようするに、若者とナンタラという構図もしくは、金持ちかボンビーかという、(我は後者と言う事で)間での二極化というより、価値観が多様化し、ネットおよびタブロイドで安易に、廉価である程度の商品的に入手できる情報や知識が溢れている情報社会、さらに最悪は「個人向けの融資」さらに、「サイドビジネスにアルバイト」という高額金銭の発生の手段など氾濫しており。すでに個人単位の、価値意識がすでに中流意識を超えてしまったことに追いつかない状態を表してるに過ぎない。

 社会の構造としてある種の二極化はやはり悲しい現実で偏在するなか、昔ならおおよそ発生しない目的に達する手段が多様に発生していることであり、それらの状況で「誰でも高いものが欲しい」、という欲求があり「それを実現できる自分に見合った幾つかの手段」があるなか、コンサートにはボンビーでも興味があるなら、ハードな「バイト」しても「借金」しても良い席は買うし。金の有るものはよほど拘らなければE席よだったらパスして他のコンサートか音盤を買うという流れの結果に過ぎないわけであると考察される。

 個人的には、本当にクラッシックが心配なら、自分の音楽との接する姿を踏まえて、相手を夢中にさせる、情報発信の方法と参加を切に願わんものにて候、社会がさせるのではなく、己が世相を作る意気を持つべし。

某アニメの「笑い男」も円周上で「そんなに世の中が不満でいやなら目と耳を塞げ、さもなくば自分を変えろ」などといっておりまする。
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by dr-enkaizan | 2004-04-24 14:33 | 雑文