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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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タグ:ナクソスさん ( 34 ) タグの人気記事

NMLで聞けるドビュッシーの「燃える炭火に照らされし夕べ」の世界二回目の録音

さて4月早々ドビュッシーからNMLでの話題を。
ドビュッシー愛好家の間では最新の話題の一つとしては2001年に発見されたピアノ曲
Les soirs illuminés par l'ardeur du charbon「燃える炭火に照らされし夕べ」であり、すでに専門家においてレコーディングがなされているが、今一入手困難なものであるのは変わりない事態にて候。

このたびNMLのブリッジレーベルにてのベネット・レィマーBennett Lerner のドビュッシーピアノ曲集にて収録が確認された次第にて、ゆえに此処に報告せるものにて候。
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BCD9219 DEBUSSY: Piano Music (Complete), Vol. 3
リンク

 当曲は晩年の第一次大戦物資不足の折に、ドビュツシー家に石炭の補給を特例的手配をした石炭商への感謝が契機になった曲だが、実現の契機は石炭商のドビュッシーへの懇願としての「自筆の譜面の所望」ゆえであり、自身は余り乗り気で書いておらず、心なしか、某サイトの紹介言及にもある、前奏曲第一集の四番目の「音と香は夕暮れの大気に漂う」の素材が使用されており、多少労力が軽減されている、冒頭の音形が低音で移行され、一瞬同じ和声展開になり、前奏曲第二集の「カノープ」にでてくるジプシー風もしくはMTL風音階のフレーズが導入され展開、その後四拍子刻みに三連音の朗々とした主題が演奏されクライマックス形成して、その後消沈しながらも暖かい思いをこめて終止和音が低音と高音の隔絶した作曲家らしい配置で終わる。
 ただヴァイオリンソナタ等と比べると、かなり前奏曲集の頃のドビュツシーの要素が強く、色々検証が要する可能性もあるが、創作力の減退の時期、過去の作品のスケッチから、短時間にてでっち上げた想像もできる次第にて候。

 実にドビュツシーの前奏曲集は映像第三集のスケッチに書かれた要素が多く、これ真作ということ前提に意義考えると、そうした混沌としてなされた、斯様な創作現場と思考の一端を垣間見れる貴重な資料とも言える次第。
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by dr-enkaizan | 2008-04-02 23:04

バラキレフ:ピアノソナタ ピアノ表現の歴史を一気に無謀に駆け抜ける書法カオス

 さてバラキレフと聴くと、皆様のうち、ピアノでの技巧難曲の「イスラメイ」以降記憶がたどれる方々がいたとしても、交響曲や交響詩であり、それをなぞるかのように音楽ベンダーも、イスラメイ以外のレパートリーは希薄に辛うじて大半の各分野のレパートリーが点在する次第。
 しかしながら、恐らくロシア五人組のなかでも、とりわけ音楽書法を自在扱える教養をうかがわせ、リスト ショパン シューマンを理想とするピアノ技巧性とロシアおよび中央アジアの民族性そして、西欧文化圏のロマン主義にまで広い視野のある音楽は今後注目される作曲家であるのは、昨今の彼のピアノ作品全集の譜面などの話題からも、今後我々が知りえる音楽宝庫として留意すべき事項の一つであると所見さるる次第にて候。

さてそんなバラキレフの知る人には著明な稀少なものに、あるピアノソナタはその宝庫への導入として相応しい、珍妙な内容ゆえ我拝聴推奨セリ次第。
ピアノ・ソナタ変ロ短調 (1900-5)

嘗て80年代レコゲイの特集にも紹介がなされており、かなり昔からの珍妙な秘曲だが、昨今のトレンドから忘れ去られている観もある。

第一楽章はダイアトニックな短音階の装飾が、ドビュッシーの「ピアノの為」の前奏曲や、ストラビンスキーの春の祭典の冒頭などの主題の原初の血脈を感じるロシア的主題が、バッハのフーガのような遁走的多声展開がなされ、それ古典派のような伴奏上になって、それがショパンのピアノ曲の響きに変容し、最後はまた折り目正しい終止がなされる。
第二楽章のマズルカはリズムの扱いはドビュッシーのそれに近いが、ロシア調の節回しがかなりの風情。
そして第三楽章は間奏曲であり、歌というよりショパンの楽曲にあるアルペジオや途切れる歌による音詩であり、次第にスクリュアビンを思わせるかのような官能的盛り上がりもするが、静まり途切れるような終わりかたをする次第。
そしてフィナーレはチャイコフスキー的なアカデミズムなエリクチュールでロシア的叙情を表現し、技法的要素で開放している音楽展開している、短調のロシア的情緒あるロンド主題に前の楽章の回想もなされ、構成を引き締めても進み、最後は、ハーフディニッシュコード含む機能進行で、多少静まり心地よい憂鬱で曲は終止する。
現状どれだけ音盤があるのか不明ながら、NMLでモノラルながら、ケントナーの演奏で再会できるのが嬉しい次第。

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8.111223 バラキレフ:ピアノソナタ/リスト: 巡礼の年 第2年より/他(ケントナー)

なおショパンについてバラキレフの考は、ピアノ曲を簡素整理したような、敢えて編曲と呼ばず組曲「ショパン」としている作品のスケルツオなどで伺え知れるが各位に委ねる。


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8.220324 バラキレフ:ショパンの作品による組曲/序曲集
BALAKIREV: Chopin Suite / Overtures
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by dr-enkaizan | 2008-01-07 01:09

秋の夜長祭り・・・・・かかれる前に書いておこうアッテルヴェ(ル)リといえば・・・

承前
さてひそやかに楽しみにしている鎌倉スイス先生の季節物セレクション・・・今回はスエーデンの近代作曲家のアッテルヴェリ(アッテルベリ) ピアノ五重奏曲・・・実は円海山のトピックの予定あった曲であり、これとあわせてそれのもう一つの形態である交響曲第六番もあわせて聞くことを推奨セル物にて候。(尚当曲の経緯は承前を参考に)ナクソスのライヴラリーにあるゆえにアカウントあるものはこちらにて聞くべし。
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アッテルベリ:ピアノ五重奏曲/組曲第1番/ホルン・ソナタ

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アッテルベリ:交響曲第6番/ヴェルムランド狂詩曲/無言のバラード Op. 56(ノールショッピング響/広上淳一)
写真の車は交響曲六番でもらった賞金でかった車

その作曲家にて、いろいろ聴いてもらいたい音楽は多く、円海山的には、交響曲四番の民俗的旋律と儚い叙情のあるアンダンテが念頭にあるがこれは春向けであり、そして海辺の情景を刹那に描いた交響曲第三番は、台風シーズンで多少時期を逃した感もあり、今様の頃での、少々ひんやりとしていて出来れば月の光が少しでもあるような秋の夜には、ホルン協奏曲も相応しいのでは思う次第で御座候。

 ホルンのレシタシーヴォと管弦楽対話にピアノの硬質な和声の装飾がちりばめられ、魅力的に悩ましくも切ない旋律がうねりだす、第一楽章、そして弦楽のピティカートの上の律動の上に、嘗てないほどの朗々と歌われる、歌にピアノ華やかな音階的な律動が彩りを添える第二楽章、そしてスケルツアンドな舞曲で少々スリーステップなジャズを思わせ、哀愁にてユーモラスなフィナーレで、終わりは加速にて遂げられ、全体構成が序破急のラプソディックな仕掛けであったことを感じる。

ナクソスには三種類有るが往年の名盤であり円海山的にもリアル所蔵にも思い入れ深い。
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CAP21364 アッテルベリ:交響曲第3番(ストックホルム・フィル/エールリング)/ホルン協奏曲(リンデル/オスカンプ)
に涼しげな夜空ような音質の録音と緊張感の素敵な持続が一長秀でていると感ずるもの也。
是非拝聴推奨。
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by dr-enkaizan | 2007-10-31 01:20 | 解説のない音盤紹介

ウォルトン:交響曲第1番/パルティータ(イングリッシュ・ノーザン・フィルハーモニア

ウォルトン:交響曲第1番/パルティータ(イングリッシュ・ノーザン・フィルハーモニア/ダニエル)
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さてNMLにて再発見した名演奏があり、何故これを無視していたのかと子一時間。

 幾分コンパクトにオンマイクに残響か集中した録音であるが、当演奏家の木管を弦楽の絶妙なバランスをもって、リズムのギミックを浮き彫りにしており、管弦楽の咆哮とオケのスペクタクルに、幾分甘さを抑えて感傷的に注目が行く本作品に別の光明を与える次第にて候。


 昨今の録音では以前取り上げた、ベルナルト・ハイティンクのテンポをインテンポそして緩やかに、しかし克明に音の事象を追いかける名盤が、記憶に新しいが、「悪意の交響曲」と囁かれる辛辣な表現と意識すると、自作自演にボールトの演奏にある、リズムのギミックが幾分犠牲になり、それらが幾分後退しており、第二楽章でのストラヴィンスキーの春の祭典の影響になる、同一拍子での不規則なアクセントによるスケルツオ、そして黒人音楽からとられたリズムか根底にある、第一楽章のシャッフルするリズムなどが飽くまでもオケの体裁を壊さない程度効果で表われているが、
 これらの全てがかなりエッジが鋭く捉えられているのが当ダニエルにの指揮による演奏でありなん。

 さらに曲の随所に現れるトレモロや打楽器そして幾分ダブりがちな、管弦楽を、演奏法(スルポンテイlチェロなど)アテギュレートをかなり明確に追従させて刈り込んだ表現のコントラスト生み出し、断片的に出現するフレーズの反復するパートの歌いこみにも余念を感じさせず、さらに全体構成の時間的配置される節の区切りをリタルダンドおよびアチェランドにて明確にし(*)、結果ドラマティクにて、かなり筋肉質でスポーティーなものへ変貌させている次第であり、これは自作やボールトの名演奏の概念の延長線上にての、本来忘れ去れていた、もう一つのこの曲の姿を再び見せてくれる次第でありなん。

NMLでなくともリアルに買うこと推奨。

(*)仔細は曲第一楽章8:11以後の木管のアティギュレートや、その後に弦楽のオスティナートやアルペジオ、と金管のクレッシェンド応酬から、リズムと歌が躍動して、クライマックスに至る10:57の手際の良さをご拝聴。12:11以後の、息の長いリフレーンに、今様に言えばシャッフルするブラックコンテンポラリーのようなシンコペイトのリズムを弦楽が応酬し、金管の加わる音の整理は鮮やかであり、これも最高の聞き所
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by dr-enkaizan | 2007-07-10 01:11 | 解説のない音盤紹介

須賀田礒太郎:交響的序曲/双龍交流の舞/「生命の律動」 神奈川フィル/小松一彦

待望のナクソスの日本音楽シリーズよいよ 円海山的にはご当地横浜しかも神奈川フィルで、須賀田礒太郎氏の登場なのは誠に興深い事と相成った次第である。
 
 大戦により生活文化事情が変わり、忘れ去られてしまった作曲家の一人であるが、その作品大変に機知に富み、フランス近代に後期ロマン派に表現主義、新古典主義そしてロシア音楽などの熟知していることが窺い知れ、当時の日本が西欧文化の認識において猛烈な収集の勢いをもってなされたことが解り、同時代を生きた作曲家よりも個性は希薄で書法や模倣的要素がつよいが、その日本土俗から西欧の書法に及びたる、的確な語法掌握や用例は、ある点では共通する時代感覚をもつ、伊福部氏や早川氏の「所在をつねにプロンプトする音楽」とも微妙に違う多彩をもち、それは今のネットでの情報社会の先例をみるような、幅広い興味と好奇心とそれを支える知性などをこの人物が持っていることを証明するものであり、その点では深井氏など共通の日本人の、西欧の文化の歴史的および地域的な相違を同列に扱えた環境にいたゆえの、折衷的気質美徳において気質を共にするものである。

 この作曲家は忘れ去れたが、その博識なる幅広い書法認識を渇望する態度は、繰り返すが現在のネットやメディアでの並列化された情報を捨て選びしながら進む創作や論説の潮流に通じるものにて候。

これはある意味横浜という町に育った人物の気質とも愚考さるる次第。
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8.570319 須賀田礒太郎:交響的序曲/双龍交流の舞/「生命の律動」(神奈川フィル/小松一彦)


さて曲は皇紀2600年のコンクール受賞作「交響的序曲」
のレスピーギとマリピエロとヒンデミッドの合間のような、ポリコードやSUS4の和声や変形されたリディア旋法のバリエーションのような音階による前奏曲やアレグロそしてフーガとコラールと西欧新古典主義を標榜しつつも、後期ロマン派の劇的展開を模索する意欲作品に始まり。
雅楽の原曲を西欧語法と編曲の枠を超えて融合せんとした、「双龍交流の舞」
という個性の萌芽たる作品と、晩年の地方にて演奏される可能性の低い中、自己の興味でのストラヴィンスキー「春の祭典」や「ペトルーシュカ」、そして「火の鳥」あたりの語法を吸収せんとしたかのような和声や書法の追従著しい「生命の律動」というバレー音楽作品、そしてまた初期作品のリムスキー・コルサコフの異国趣味を模索する「東洋の舞姫」という網羅的ないようである。
惜しむらくは、さらに「横浜」や関東・東北のような氏の得意としていた可能性のある
地域性を音楽に当て嵌める書法のコラージュが世評さるる作品が聞けないことだが、かえってこの作曲家の音楽の技量の卓越と問題を計り知る内容と相成っている点になったので、続編を期待もしつつ、絶妙な選曲を評価したい。

なお録音は近年のナクソス録音では珍しいデットな傾向にあり、アンセルメのデッカのでの録音を彷彿させるところがあるのが嬉しい次第であり、ある意味そちら方面の方にも所見を伺いたいほどの感慨を持つ次第にて候。
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by dr-enkaizan | 2007-07-01 03:07 | 解説のない音盤紹介

ヴァント/ケルン放送響のケクラン「ワ(バ)ンダール・ログ」

ヘンスラーのプロフィーレーベルは想像を絶する音源があるらしく、ケクランをあのヴァントの指揮にて聞ける来るとは思わなかった次第。NMLネタ恐るべし。

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PH05007 サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番/ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」/他 (ヴァント/ケルン放送響)

 ケクラが著明になった「ジャングルブック連作」からの物まね好きな樹上の猿たちの様子を描いた「ヴァンダール・ログ」であり、ケクランは自身の瞑想的な曲想のみならず、このスケルツオに印象派そしてドデカフォニーに新古典主義のフォーマルな対位法的書法を引用して、ある種の自虐的ともいえる新しい書法へ飛びつく作曲家や、評価する評論達を、原作にある周囲の動向を噂して物まねする猿達に例えて表現する、多層的な表現意図を目論む次第であり。

 曲は、印象派的な五度の累積の瞑想的な和音による静寂から、突然の滑稽な表現そして、音列と全音音階の登場で無調音楽へドビュツシーかシェーンベルクの間で無防備に飛びつく輩を揶揄して次第にそれらが対位法的展開でフーガに展開してゆき、行き着く先の新古典主義の形骸を揶揄しており、時に不整合な打楽器の衝撃は、ヴァーレーズあたりを意識しているのか、フォーマルな点での破壊にいたる音楽へのそれなりの、ケクラン的回答が見られる次第で、それらが一つの行進となって群れをなし、非常に野蛮で滑稽な異形の行列をなし盛り上がるが、突然のあらたるインパクトにて、ちりじりになり、猿どもは逃げ去り、元の静寂の森へ戻るといった、内容である。

これらをヴァントの演奏では性格を非常に明確に描き分けており、マルコポーロやジンマンのRCA録音などで納得のいかない音響が個々では非常に目的意識をもつ物として描かれ、全般を通して集中して聞ける充実感をもって味わえる次第にて候。

 これは世界初録音を敢行し、ケクラン音楽の紹介を勤めたアンタル・ドラティーのEMI録音以来快挙ともいえる次第であり、ヴァント氏のフランス音楽へのコスモポリタンなアプローチは、本来氏の評判ブルックナの側面が騒がれ過ぎたために、支持層を得られなかったことが、伺える貴重な音源である次第にて候。


 音楽が手法や国境を越える共通な言語であるのだが、昨今その音楽をするのに楽器や様式で差別化を図る傾向が強く、非常に偏向して聞かれる旨もあるが、、このヴァントのケクランはそれらが非常に無効であることを感じさる物にて候。
 とはいうもののケクランゆえの成果であることも否めず、ケクランの音楽に国境より瞑想的な展開での微妙な書法の端的ナ相違を味わうことに起因しているのも認められる。
一面クラ音楽を救った「マーラーブルックナーブーム」だかその弊害というのもこの際考えておく必要があるかとも思う次第であり、一時期ヴァントがブルックナー周辺持ち上げられ、その次での昨今の古楽器ブームにも、その手のケクランが揶揄する新機軸への蒙昧な追従をする輩「物まね猿」のごとき匂いがしてきたことを警鐘しておきたい。

 出来たての頃の新鮮もいいが、一度進化した書法や技術による歪み無い世界により成し遂げられる素晴らしさとはを考えると、ヴァントのゲシュタルト掌握の新古典的な演奏での、古典のケルビー二、そして近代書法に慎重な対応をなしとげ独自の均衡を保ったケクランの音楽は氏のブルックナーと同じ光を放つような次第にて候。

 尚録音はテレビ用音源であり一部を除き当曲はモノラルとされているが、明らかに分離しており、ステレオと変わりない処理がなされており、ナウンスが間違っているか?それとも斯様な擬似ステレオなのかわかりかねるほどの、素晴らしい音質でありなん。

HMVの宣伝から引用すると
【曲目】
1)サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調
2)ケクラン:交響詩「バンダー=ログ」Op.176
3)ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」Op.9
4)ケルビーニ:歌劇「アナクレオン」序曲
【演奏】
ギュンター・ヴァント(指揮)、ケルン放送SO
ルッジェーロ・リッチ(Vn)
【録音】
1)1970年12月1~5日
2)1973年2月10日
3)1967年10月27日
4)1975年10月31日、ケルン

追記10-10-08アンタルドラティーのBBC響との競演はCD化しており、秀逸な演奏を聞かせてくれる次第。 CDM 763948 2
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ブーレーズは水の中の太陽 自演 メシアンはクロノlクロミー他 パリ管弦楽団セルジュボード
なお作曲の系譜は、ドビュッシー→ケクランの流れはトゥルミエールというミッシンリングや枝葉のラヴェルのドラージュなどを含み、メシアン→ブーレーズそして武満という流れでゆくのは、ネット掲示板の黎明期によく話されていた。
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by dr-enkaizan | 2007-06-18 00:47

潜水艦轟沈す

潜水艦轟沈すという邦題にてしらるる、49度線という原題をもつ戦争映画の音楽を含む、
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CHAN10244 ヴォーン・ウィリアムズ:映画音楽集 - 2
VAUGHAN WILLIAMS: Film Music of Ralph Vaughan Williams, Vol. 2
ちょうど鎌倉スイス先生の取り上げている
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KORNGOLD: Sea Hawk (The) / Deception
と同時期の1940である。

 この次期は、前年の1939年は、1935年にヒトラーによるナチス政権を樹立した独逸が、機動部隊にてポーランドを圧制侵略、そして1940年にはフランスへ、そのマジノ要塞を無効にする電撃作戦にて侵攻、ついにイギリスは大西洋沿岸に追い詰められたフランス軍を救うべく、ダイナモ作戦を発令し、独逸と実質的交戦状態に入り、イギリスへの爆撃なども始まり、国内防衛として空中戦を繰り広げる「バトルオブブリテン」などもおきる時期であり、参戦はしていないゆえに娯楽を極めたアメリカと、社会世相と戦争への不安を反映したイギリス双方の映画の姿勢の違う内容が、その音楽からも聞いて取れる次第にて候。
音楽として端的ナるは、どちらも黎明的な音楽の模索が見られRVWの映画は題材が独逸の潜水艦の乗組員の、作戦行動中に潜水艦を失い、逃げる数奇な運命を軸に舞台は、ヨーロッパイギリスそして米国大陸カナダとつづくもので、交響曲に見られる、独自の響きやトラッド調旋律はおなじみで、さらに幅広い音楽を筋書きにあわせて書いている次第にて候。
これらのうちで最高なる珍妙はRVWの書いたインディアンの音楽なども短くも聴ける次第。
コルゴルドのほうは海賊冒険物である。
スペイン帝国をあらわす音楽が誰でも思い浮かべる、ビゼーのカルメンからの闘牛士の歌(Chanson du toreador)の節を借用しており非常にベタでもある次第。
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by dr-enkaizan | 2007-06-11 01:46 | 劇伴奏

ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」原典版

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ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」/歌劇「ペドロの親方と人形芝居」
FALLA: Amor Brujo (El) / El Retablo de Maese Pedro


リアル音盤は
De Falla: El Amor Brujo; El Retable de Maese Pedro
さて今年2007の「熱狂の日」でも演目に上がりっている当曲・・・
スペインのマラガ文明の端たる楽曲でもあり、ファリャの切り詰めた近代管弦楽法の見本たる傑作。

 その物語は若いジプシーの未亡人カンデラスが、亡き夫の幽霊に付きまとわれ困惑しているが呪術師の助言で女たらしだった亡き夫の幽霊に別の女をあてがって囮にし、そのすきに新しい恋をみのらせ、夫の霊は成仏させるという内容であり。
 音楽は、スペインの民俗的語法をフランス近代音楽の延長上として捕らえ、所にオカルトめいた情景で幽霊や鬼火、にジプシーの住む洞窟や歌や踊がちりばめられ、見事なスペイン土俗を舞台上で昇華したかのような印象を持つ。

 今回の音盤はファリャが、ジプシーバレーの依頼で作曲し、1915初演(不評だった)から、その管弦楽拡大と構成を変更削除した現行(1925)ではない、その初演の譜面を使用しており、管弦楽は小さく、構成は現行の単幕から二幕になり、火祭りの踊などや恐怖の踊の位置が違い、女声独唱のほか曲の合間に語りがつく箇所などあり、削除された曲も含めたきわめて新鮮な手触り満ちており、ゆえに打楽器は減り、オケのショッキングな表現は後退するも、ピアノや管楽器の弦楽の活躍でその歌が浮き彫りにされ、そのジプシーの寓話の譚たる印象をさら強まるのが好感触であり、その後年の改定などから、作曲家の手腕の観点なども考察できる次第にて候。

 演奏はオールイタリアだが、そのラテン気質は幾分スペインのそれより穏やながらも、曖昧ささない心地よさで音楽を披露している次第。


さてこれも皆様ご拝聴推奨。


なお現行ではじつは・・フリンツ・ライナーのシカゴ交響楽団が「鉄板」だとおもってたりするので・・・このさい推奨。
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ファリャ:恋は魔術師~スペイン管弦楽集
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by dr-enkaizan | 2007-06-02 19:46 | 解説のない音盤紹介

ヴィラ=ロボス:ショーロ第6番:ワールド・フィル/マゼール)

NMLに新参入レーベル今度はなんとワールドフィル

ということで真っ先に思い浮かぶはマゼールのヴィラ=ロボス:ショーロ第6番・・・・当時国内で発売されるもあまりにコアなヴィラ=ロボスの当該曲のせいか瞬殺で廃盤になったもので幻の名盤と好事の間では囁かれる次第にて御座候。

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なにしろメインのショーロは最初の高音言の和音と打楽器の混沌から、次第に南米情緒ある旋律やセレナーデに各種パッセージが時に刺激的なりつつも、だらだら移ろい行く奇妙ながら、非常に魅力的なクセになる印象的な音楽であり、これをマゼールという一級の指揮者が見事に引き締めて演奏していいる次第、
15:30以後のもりあがりはグローフェの大峡谷匹敵するものであり、さらに自由奔放さはブラジルのショーロとは斯様なものかという、言を聞くかのような如し内容。

さて皆様も密林と都会が交差するかのような当楽曲をどのように拝聴いたしますやら。
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by dr-enkaizan | 2007-05-31 23:35 | 解説のない音盤紹介

さて初夏近し日にはジョンゲンなのか

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ジョンゲン:フルートソナタ/フルート三重奏曲/ゆるやかな踊り/悲歌(グラウウェルス)

 NMLで「クソラーの傀儡」と化した(笑)山尾先生が鬼の首とったみたいに推薦紹介がいさまさらラヴリー。

 さてこの作曲家ベルギーにてフランス近代音楽の手法を奔放に取り入れ、旋法的色めきと構成の美学に成り立つ音楽を多く輩出せるものにて候。

 しかしその流麗さは個性を際立たせるには寄与せざるものにて、一見するとドビュッシー派のような印象主義と呼称され日括られた端的なる典例ともいえるのは確かだか、むしろ本家よりその警技法の使い方が秀でており、フランス近代音楽好きの趣向のかゆいところに手が届く作品はもう少し注目されても良いのでは思う日々にてそうろう。

 さらに本家よりもさらフランクやショーソンにデュカスなどにも接近しており、ローマ大賞もとってるの伊達でなく、NMLに限れば、ラヴェルやドビュッシーが習作的制約から逃れることができなく、フローランシュミッドが詩篇で、あるいは短命のブーランジェの管弦楽伴奏の合唱作品にて実現化したような、印象主義呼称でのオルガン音楽と対位法への応用を、下記の

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SIGCD084 ロイヤル・アルバート・ホールの復刻オルガン(サイモン・プレストン)
ORGAN AT THE ROYAL ALBERT HALL RESTORED 」
に収録の英雄的ソナタで聞くことが出来る。

ほかにオルガンの協奏曲があるがこの辺で。
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by dr-enkaizan | 2007-05-24 23:57 | 解説のない音盤紹介