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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

今回は深井をねたに その2

前回から一月
今回は続きをまあ

あの状態で七ページ・・・。
追記五ページ改訂も一つ追加で八ページに
このほうが本来の続くなのでした。

ミミは問いかける・・で続く。

見てみる
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# by dr-enkaizan | 2008-06-16 22:42 | 康代さん

今回は深井をねたに

さて今回はアバンタイトルだけコンテを写植したような形で・・公開
深井史郎の音盤がナクソスから発売されもうすぐ1年、そして我々がお世話になった音盤山岡のヴィクター録音も二度目の限定CD復刻もなされ、話題の渦中になるが、いまだ愛好家の好意的評価という歪な形で日本近代音楽が評論されてる次第であり、嬉しい反面今一情報量に思考が追いつかないような、はたまた根無し草のような論説があるような気がしており、これでは深井の揶揄したある方面に蒙昧な現象が形を変えて繰り返されたに過ぎないのでは思いこれを構想する次第にて候。
 上記康代嬢の語る問題点において、音楽技術者の気骨ある聞き込みを再度促したい次第。

見てみる
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# by dr-enkaizan | 2008-05-18 21:28 | 現代音楽

運送会社倉庫から鯨肉を無断で持ち出し、食べる ?

承前ナンシー
なんとも緑豆

 ある意味共存するための国際社会を意識して・・・我慢している国々もあるのに・・・役得の乱用は如何なものか。
この団体の依頼の為に「海へ」を作った武満氏は天上で、この件をどのように思うのか否や?
海へ~現代日本フルート音楽の諸相
小泉浩 / / コロムビアミュージックエンタテインメント

そろそろ陳腐な手段の良識の主張はごめん蒙りたいような今日この頃。
 あのベーコンや刺身を久し振りに食べてみたい気分。

疫債堵遅い、そろそろ避難所を考えたいような・・・・・。
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# by dr-enkaizan | 2008-05-15 22:43 | 雑文

あれのパリ編が10月から・・・

承前
朗報来たり。
当然いま図書館戦争で低迷中のあの枠にである。
是非バルトーク舞踏組曲がアニメで流れるのを期待行く末は、ちょっと因縁あるフジサンケイグループの放送枠でバゾンは何某もいずれ・・・リメンバー文化放送日フィル(*)な今日この頃。
そんなことは考えず、さらなるこの界隈の活性化を期待。

 *まあ当オケは日本でおそらく唯一バゾンを使用してたプロオケであり、単行本奥付けの感謝されていた団体は説明不要の由来ををもつ・・・そのオケにこのアニメを放送して利権を得ている放送局をもつ団体は何をしたのかよーく考えると、笑えない
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# by dr-enkaizan | 2008-05-13 23:20 | クラシック

オーリック:コクトーオルフェの付随音楽新録音

 近年その音源の一部が姉妹筋のナクソスに移行し、活動が顕著ならざりて、解消しつつあると思った、珍曲の登竜門マルコ・ポーロレーベル・・と思いきや、クラシカルな作曲家の映画音楽のスコアの音化に勤しんでいたらしい次第にて候。

今回はそんな中でも。フランス六人組の一人ながら、著明な三人の影に隠れがちなオーリックの映画音楽であろ、まあ斯様な世評をよそに、オーリックはむしろ六人組の中では一番映画音楽に特筆すべき成果をのこしたのは、彼が精力的に作品を作る時代が、戦後のトーキー以後映画であってのことでもある。

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オーリック:オルフェ/ルイ・ブラス/山師トマ

 特に旧知のジャンコクトーとの完備なるコンビネーションによる彼の映画につけられた音楽は、その当時の貧しい音質からも垣間見られ、一度優秀な録音で聞いてみたい欲求に駆られることが多く、今回の幾つかの音盤はそれを満たす内容になっている次第にて候。

そしてこの音盤での聞きは、最後の最後での切ないどんでん返しで元祖ツンデレだったと解る、の死の国の王女”(マリア・カサレス)の美しさと、死なせてしまった妻を戻しに、その女王と死の国と現世を往来するジャンマレーが美意識溢れて演ずる詩人が、見ものだった白黒作品コクトー作品のオルフェのサントラに始まる。
その音楽は、デリケートな表情豊かな弦楽。しかいドビュッシーやラヴェルに近いが、むしろトリルやトレモロなどの使用は前者の表現の起伏は持ちながらも、ありかたはサティのソクラテスの近親のような静寂を志向している、そして木管の悩ましいモノローグは時に跳躍や不可思議なオギュメンンス嗜好音程移動だったり半音階的になり、金管と合わさりの抑圧的にて抑制的な葬送の旋律として、旋法的にもあらわれ、そしてハープやクロッケンシュピールの音彩や、葬送の示唆である小太鼓のトリルなどの効果的使用というように、多彩な語法に支えられ、地味に(この作曲家として隠れた側面であろう)オーリックの折衷的特性が生かされた内容で展開する。

このほかに後半は恐るべき親たちや山師トマにてオンドマルトノなどが使用され、オーリックらしい気の聴いた劇伴奏堪能できるが、各位耳にて確認されたし。

マリア・カサレスはツンデレキャラにしてみたい
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# by dr-enkaizan | 2008-05-02 04:34 | 劇伴奏

フローラン・シュミットのバレエ「小さな眠りの精(小さな妖精は目を閉じる) Petit elfe Ferme l'Oeil 」

おそらくおおよそ誰も食いつかない、フランス近代音楽の真髄ネタをここに始めてみる次第にて候。
 それはフローラン・シュミットのバレエ「小さな眠りの精(小さな妖精は目を閉じる) Petit elfe Ferme l'Oeil 」にて候。
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当曲で今
私たちは20世紀に生まれたのs_numabe氏の記事が熱くそれを語っており、
承前1長年譜面でしか知れない謎の曲の仔細が解りつつあり、コメントで円海山も大いに盛り上がりさせてもらい、さらに最初に言及しているバレエ「小さな眠りの精(小さな妖精は目を閉じる) Petit elfe Ferme l'Oeil 」をアンドレ・エレが絵本にしたもの(垂涎物)について、少々仔細を述べておられ
承前2

承前3
それに大いに刺激させられ思わす今回の譜面からの言及を連作で試みる次第にて候。

作曲家のシュミッドはWIK引用にて言うとフローラン(フロラン)・シュミット(Florent Schmitt, 1870年9月28日、ロレーヌ・ムルト=エ=モゼル県ブラモン(Blamont) - 1958年8月17日、ヌイイ=シュル=セーヌ)はフランスの作曲家。
という扱いであり1889年にパリ音楽院に入学、マスネやフォーレに学んでおり、同時期に学んていたラヴェルの兄弟子に当たり、ラヴェルとは深い親交関係を持ち、ラヴェルに指揮者のアンゲルブレシュトや音楽評論家M.D.カルヴォコレシ、ピアニストリカルド・ビニェスらと芸術サークルアパッシュを結成して、最新の音楽について様々な草の根活動をしたとさるる。
 それは時に激しく、最右翼のシュミッドは、ラヴェルのスペイン狂詩曲の初演時に、アンコールとしてマラゲーニャが演奏された直後に、好意的でない平土間のアカデミズム層をやじり「何度でも演奏してやれ平土間連中がわかるまで」と野次を飛ばした次第にて候。
 また師匠の一人ビュッセルの証言がその著書に記載されており、ローマ大賞受賞後の作品詩篇47の初演の、その音楽の爆裂ゆえにひるむ打楽器奏者を首にして、代わりの演奏者を探す混乱した様子などが記載されており興味深い。

 また日本で同じビュツセル門下だった池内 友次郎(1906年- 1991年)氏の回想とされる話に、当時国家留学生でそれなりの住居に住んでいたゆえに、そこの風呂目当て、放蕩か?貧乏学生で?自宅の風呂が入れない事情になったシュミットが訪れて、風呂を借りていったという、伝説が伝えられている次第にて候。
 そんな彼はその後、詩篇47から飛躍しサロメの悲劇そして戦後パリの音楽の重鎮へ駆け上るのだが・・・そんな円熟期に書かれたのがピアノ連弾曲「小さな眠りの精の一週間」1912作である次第。
曲はデンマークの世界的著明な童話作家アンデルセンの童話「眠りの精のオーレ」を題材にした、そのオーレの物語で少年のヤルマーに眠りのせいオーレが語る一週間の眠りに付くお話をモティーフにしている、その辺は上記承前を参照して欲しいが、ここに引用すると、

1. 二十日鼠の婚礼……原作では「木曜日」
2. 草臥れたコウノトリ…… 「水曜日」
3. 眠りの精の馬……「日曜日」
4. お人形ベルタの結婚……「金曜日」
5. 石板の文字のロンド……「月曜日」
6. 絵のなかへの散歩……「火曜日」
7. 中国の雨傘……「土曜日」

というものであり原作の曜日を変え最後の中国の笠は原作に手を加えた筋書きになっておりこれも承前先を参照して欲しい次第にて候。

その後1924年に前奏曲と幾分の間奏音楽(恐らく*)を付け加えバレエ音楽に改変され(『小さな眠りの精 Le Petit Elfe Ferme-l'Oeil』作品73、1923)となり新たな作品として生まれ変わり、そして翌24年パリのオペラ=コミック座で初演される。

このあたりを譜面は如実に示しており、前書きに、一覧があり
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その配役キャストが掲示されている次第
その拡大は以下のとおり
タイトル
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中の左
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中の右
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そして下の演奏者・・
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なんとアルベール・ヴォルフであり・・・今となってはラヴェルの演奏もクリュイタンスあたりに淘汰され、デッカのシャンタパルティエあたりの管弦楽が廉価で発売され名を留めるほど認識が軽くなっているのがなんともな・・・?次第。

 そして曲はおそらくトレモロを交えた、同作曲家のアントニオとクレオパトラの前奏曲や夢想を彷彿させ、映像第二集や前奏曲集のドビュッシーを彷彿させる前奏曲ではじまる。
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 そしてアルカイックな三拍子の舞曲で二十日鼠の婚礼が始まる
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そして曲がおわると間奏が追加されており?
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次へ進みどう各曲曲想の違うような導入や回想がなされており、バレーとして情景音楽を添付している考えられるのだが、その辺が原曲の解説には不足しているか、原曲も接続音楽があるのが、原曲譜面を所有していない円海山には如何しがたいorz・・・
 さて中国の笠にて最初の部分すこしのところで
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歌詞のある譜面が出現し、これはバレーでは歌が付いたことを示唆するのでと思われる。
まあリクエストあれば続行するが、この辺で一端終わり。

 真の知られざるとは音に記録されていない譜面も含めるとまだまだあることをしるべしか?
この路は茨なりや。うーんorz・・・・・。
追伸コメントでは二台ピアノと言ってましたがピアノ独奏譜面でしたこと此処にお詫び申し上げます。
追記’前奏曲を嘗てのデーターを補完してmidiにする、
これ
前奏曲
しかし、この譜面事態バレー用の簡易編曲の譜面であり比較的未校訂と思しき故か、臨時記号の整合性が多少怪しいのと、久々の読譜が災いし1:20以後の半音階部分に舞曲や中華音楽風のフレーズが混ざるところがまだ検討の余地あり(*)、あえて恥を偲んで、この曲への注目を喚起したく、ここに現段階の状態を提示する。



最初はドビュッシーのビリティスの歌や六つのエピグラフに出てくる同音トレモロ音形に始まり、同じく前奏曲集の枯葉や花火を彷彿させるフレーズが現れ、この先の物語を示唆するようなライトモティーフが、シュミッド独自の半音階的までに、拡大された旋法的和声法のけだるい中に、舞曲やお囃子のような旋律が混じる、ある意味この箇所は、後輩ラヴェルのこれに先駆けること十数年の作品、マメールロワのバレー版の前奏曲と言う先駆例に類似しており、依頼主の要求従い踏襲したかが想定できる、しかし手法はシュミッドのラヴェルへの密やかな対抗心をうかがわせる。

 そして冒頭のフレーズが盛り上がり、次第に熱を帯びてゆくが、此処は作曲者の詩篇47を彷彿させる箇所などがありこれも興味深い、そして一瞬軽妙で神秘的な音楽に導入されるが突然ポリトナールの不協和音のトリルの咆哮で中断、そしてドビュツシーの牧神午後冒頭に出てきたホルンの動機と酷似したフレーズが朗々した雰囲気を形成しする、おそらく題材の「ヤルマールの夢」と牧神の夢想への導入を捩った意図が強いのではと考察される、自身の作品の類例として、混沌に浮き出るあたりは 夢想 、そして禁欲的ながらエキセントリックな雰囲気は アントニーとクレオパトラでの前奏曲 、そして倒錯した盛り上がりなどは ディオニソスの祭り あたりの関連を示唆したい、そして短調の和音により、次の二十日鼠の婚礼になるが、それはまたいずれ。

*明らかに臨時記号のシャープ・フラッドの解除関係が怪しいようであり、
フレーズの前後の関係から推測すると和声的不整合になり、さらに色々怪しい、件の箇所も果たして中国の笠あたりを意識した中華風なのか?、単なる誤読の結果なのか?どちらか判別しかねる、恐らく管弦楽の譜面もしくはパーティセルに近い段階作者自身もしくはそれに近い立場の正規版としては初版譜面であり、なにか管弦楽スコアあたりは承前での前提が?当譜面の演奏には付きまとうのではと思われます。(教えてエロい人(笑))

尚一部譜面の解像度がソフトで対応できない箇所が生じ、適当にピアノビューででっち上げたグリッサンドや、メロディーラインが単音では弱い箇所は、オクターヴ補強ししたり、トリルの和声箇所は、むしろ管弦楽法でのやり方を踏襲して想定で変更しております

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# by dr-enkaizan | 2008-04-30 23:50 | クラシック

ジュ(エ)フスキー:不屈の民変奏曲の新録音


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8.559360 ジュフスキー:不屈の民(ドゥルーリー)
Ralph van Raat (ピアノ)
録音:21-22 April 2007. Bachzaal, Amsterdam, Netherlands
RZEWSKI: The People United Will Never Be Defeated
URL: http://ml.naxos.jp/?a=8.559360


 芸術におけるアンガージュマン的姿勢は・・・・その異能や技能を極限に持って表すにいたってその真実味が増し、それの意味合いと符合しない受容においても深い芸術的造形の局面を占めすことが多いのではと・・・・そんなことを強く感じさせる見本が、このジェフスキーであったり、多少アレだが?ジョンレノンの奇行パフォーマンスや歌であったりすると思う今日この頃にて候。
 表現者たるもの?昨今の例宜しく、ただの意思表示声明文になを連ねることで満足をしてしまっては如何なれど・・・それも様々な対立構造を渡って巡り渡る利権や使役序列が、単純ではない今を生きる時代の難しさゆえと所見され、それは仕方なしの思いあり、せめてもの善意なのか自己免罪なのかという感慨はどちらか明言しかねる次第にて候。

 少なくともかの国に危機感を感じさせ、表向きなれど対話へ導かせたのはたのは、明確にことを知らしむる思いある動きを成しえた人であり、それは単なる暴徒でもなく、まして権威者の名を連ねた文章ではないことは確かでありうる。

 さてそんな自由を謳歌するもう一つのカの国もその権利闘争の暗黒歴史があり、彼はそれらに起因した労働歌を素材に、古典から近代そして現代(ミニマル~即興)の音楽技法の尽くして音楽作品を作り上げる一連作品群を作り著明になる。

その作品の代表格不屈の民変奏曲は
政治闘争歌 "El pueblo unido jamas sera vencido" による36の変奏曲という実体をもつ一時間に及ぶ長大な曲ながら、主題がさせる懐かしさと親しみと・決して安易な民衆主義傾かない、ハードな技巧までのレンジを具有する内容を誇る。
日本での影響は、当曲を高橋悠治がレパートリにして、その会参加のあり方は、高橋悠治の率いる水牛楽団の端緒にもなる次第であり、さらに武満徹氏も作曲家と対談さらに、氏の企画したミュージックトディーにては、氏の音楽を数多く演奏するオーッペンス女史を招き、ノースアメリカン・バラードの本邦初演なども敢行されている。
 当アルバムには、そのノースアメリカンバラードの最終章の
第4曲「Winnsboro cotton mill blues(ウィンスボロ綿工場のブルース)」が収録されている、本来ならこれも全曲録音されるべきものであり、初演者のジェコブズと作曲者の録音以来なされていないのは遺憾な次第にて候。
(これではオッペンスの初演のFMエアチェックテープはまだ手放せない)
この曲は低音クラスター*に始まり、それの合間からけだるいブルースが現れ、陽気な音楽の成りになるが再びクラスタの雑音に引き戻されるという内容であり、なにか・・・wikiで確認できる歌詞の怒りと符合する、因みに二台にピアノ版がこれには存在しており、日本で演奏され、これもFMで放送されているが、その折には、来日した作曲家自身がオリジナルの歌を歌いその後に、演奏された次第である。

なお語弊ないがあくまでもプロレタリアだがこの作曲家は反体制ではなく、それにありがち興酔てき身振口ぶりは一切無い。この辺は武満氏の対談をご覧推奨、あくまでも目線は民衆と同じというところがあり・・・ノンセクトラジカルにも好感がもてる次第。
*紡績工場著と知る円海山思うに糸巻き機器のラインを示唆するかのような音響になっている。因みにこの譜面は所有しているが、このクラスター部分のお茶付けのノリを五線譜に落としたような状態を人に見せるとたいがい引く(笑)
追記:同刑務所服役囚からの手紙に曲付けした カミング・トゥゲザー Coming Togetherや ミニマル時代の初期代表作もナクソスで聞けるので推奨

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CDR90000-084 ジェフスキー:「フレッド」 - ポケット・シンフォニー/パニュルジュの羊/カミング・トゥゲザー(エイス・ブラックバード)
RZEWSKI: Fred - Music of Frederic Rzewski
URL: http://ml.naxos.jp/?a=CDR90000-084

、「パニュルジュの羊」付和雷同者達を意味する作品でであり、一つのテーマをずらす軌範の即興性のある階層属性での導入コンセプトが、芸大時代の久石譲のミニマルコンセプトなどの発端になったのでは思わせる。
ないNMLではジェフスキーがジュフスキーとなっており発音のこだわりか?毎度の中華クオリティー発動なのか子一時間問いただしたい。

さらに追記、ようつべに当該音盤の演奏者演奏映像がある、是非視聴推奨。
http://jp.youtube.com/watch?v=FJbROXEiwjY&feature=related

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# by dr-enkaizan | 2008-04-29 11:26

一つでミュージックコンクレートスタジオに?電子楽器「ELECTRIBE」

 承前1 現在ヴァーチャルヴォーカロイドがはやっているDTMであるが、それを一部の向きがミュージックコンクレートという用語の誤用で語ろうとしている向きが多々あるが、一部は当てはまるゆえに、前面に否定は出来ないが、厳密には、現実音を解析した再構築音声と現実音の一属性を変容させて使用された音声の違いがあり、この件では実用に電子音楽系機材を使用したもの以外、コンクレートとヴェーチャル音声のくびきは多少難しいのかもと所見さるる次第にて候。
 もしミュージックコンクレートの末裔を今に探すならこの辺の系列になるとここで小声で囁いておきたい。
承前2
 無論一要素は継続されるも、静寂の要素諸々削り取られたのは芸能の経由での使用され方所以でありなん、そもそもコンクレート及び電子音楽の機器の発展に反比例したジャンルの衰退は、実験要素の役目を終えたことが大きく、その後、多くは余りに現実楽器の代行で使用され、メーカとして器楽の使用法の権利ゆえ広く広まらないのもその要素でありなん。


 そんななか、動画共有サイトなるものがそれらの成果を広く知らしめており、我々は電子楽器の普及しずらき事態に多少明るい異変が起きていることを認識スル次第にて候。

さてこれを使用して他のジャンルの人間は何を作るのか?期待もしてみたし。
承前3(コルグ)
承前4(当該機器)
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# by dr-enkaizan | 2008-04-28 10:30 | 気になる・・・・・

スピルバーグ、「攻殻機動隊」を3D実写映画化?

承前
うーんやはりバトーjはセーガルの方向で(笑)あっ ・・・・そえでは・・・・沈黙の電脳に・・orz
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# by dr-enkaizan | 2008-04-15 23:49 | 雑文

CRI(北京放送)に日本深夜アニオタがいると思う香具師の数

円海山のカーステのラジオの一つのチャンネルには、1044という夕刻から始まる北京放送の日本語放送の周波数が割り当てられている次第。
 昨今は、近年時間をかけて和らいだ雰囲気が、チベットの件でヒステリックにプロパガンダ色がつよくなり、昔の論調になりつつあり、それはそれなりに聞き物になりつつある次第にて候。
 そんななか友好企画の「中国で夢を追いかける日本人」というインターネット対話の企画の宣伝が流されるが、そのCMのBGMの音楽が何処かできいたような故、色々確認するや、なんと、昨今放映を終了した、円海山でも取り上げた横浜が舞台のエロゲ原作のアニメの、「きみある」の主題歌のカラオケを使用しているではないかと・・大いに驚愕此処に報告セリ。

 かの遊園地の日本アニメのディズニーのバチ、そしてオリンピックでの涼宮ハルピンなど無断使用大国の威信をかけた見事な最新の借用に、我ただただ口角を空虚に広げる次第でありなん。

スタッフに割れ厨かニコ厨がいるのか、自棄に早しアニメ事情通ぶりはなんとやら?
期間限定ですのでお早めに。
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# by dr-enkaizan | 2008-04-14 00:30 | 雑文

緊急家族会議になった。って・・・おい

承前オヤジがジャニオタだったので、緊急家族会議になった。
春の夜に軽く吹くww
■オヤジがジャニオタだったので、緊急家族会議になった。 完結
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# by dr-enkaizan | 2008-04-08 00:06 | 雑文

カラヤン生誕100年

承前:帝王百年
生誕百年記念演奏会

ヘル・ヘルベルト!

世評どおり反発も共感もし、そ晩年の活動はFMでリアルタイムに体感。
とりあえずベートヴェンの序曲集にて生誕100年を祝う次第。
Overtures
/ Universal Internation

 情報未開発の時代の折に、巨匠主義と放送と記録媒体にて世界の隅々に、研磨された流麗さをもってクラ音楽を届けた彼の功績にどれだけ我々は報いたのか、これをもって考えてみたい所存。

 なおスイス放送曲にルツェルンのライブがデジタルで録音されており、その音源がいつか音盤にならんのかと期待もしている。

 主にオネゲルの交響曲第三番やプロコフィエフの第五交響曲などは、壮絶ながらDGのデジタル正規録音から漏れたレパートリーでありなん。

またバルトークのピアノ協奏曲第三番もザルツブルクでのゲンダのライヴから以来の?演奏である手兵ベルリンとルネ・デュシャーブルのライヴもあり、それら放送音源に商品化絶対なにかなされるべきであるが・・・なされず、業界の弱体を意味するのか否や?
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# by dr-enkaizan | 2008-04-05 23:44 | クラシック

NMLで聞けるドビュッシーの「燃える炭火に照らされし夕べ」の世界二回目の録音

さて4月早々ドビュッシーからNMLでの話題を。
ドビュッシー愛好家の間では最新の話題の一つとしては2001年に発見されたピアノ曲
Les soirs illuminés par l'ardeur du charbon「燃える炭火に照らされし夕べ」であり、すでに専門家においてレコーディングがなされているが、今一入手困難なものであるのは変わりない事態にて候。

このたびNMLのブリッジレーベルにてのベネット・レィマーBennett Lerner のドビュッシーピアノ曲集にて収録が確認された次第にて、ゆえに此処に報告せるものにて候。
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BCD9219 DEBUSSY: Piano Music (Complete), Vol. 3
リンク

 当曲は晩年の第一次大戦物資不足の折に、ドビュツシー家に石炭の補給を特例的手配をした石炭商への感謝が契機になった曲だが、実現の契機は石炭商のドビュッシーへの懇願としての「自筆の譜面の所望」ゆえであり、自身は余り乗り気で書いておらず、心なしか、某サイトの紹介言及にもある、前奏曲第一集の四番目の「音と香は夕暮れの大気に漂う」の素材が使用されており、多少労力が軽減されている、冒頭の音形が低音で移行され、一瞬同じ和声展開になり、前奏曲第二集の「カノープ」にでてくるジプシー風もしくはMTL風音階のフレーズが導入され展開、その後四拍子刻みに三連音の朗々とした主題が演奏されクライマックス形成して、その後消沈しながらも暖かい思いをこめて終止和音が低音と高音の隔絶した作曲家らしい配置で終わる。
 ただヴァイオリンソナタ等と比べると、かなり前奏曲集の頃のドビュツシーの要素が強く、色々検証が要する可能性もあるが、創作力の減退の時期、過去の作品のスケッチから、短時間にてでっち上げた想像もできる次第にて候。

 実にドビュツシーの前奏曲集は映像第三集のスケッチに書かれた要素が多く、これ真作ということ前提に意義考えると、そうした混沌としてなされた、斯様な創作現場と思考の一端を垣間見れる貴重な資料とも言える次第。
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# by dr-enkaizan | 2008-04-02 23:04

「巨人の星」の左門の妹は年をとらない?って

承前 3/30/2008
ちゆさん今回は短いサイクルでの更新がつづく。追記なのだが気がつきゃ4月一日・・・
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# by dr-enkaizan | 2008-03-31 23:05 | 雑文

絶対人が入っていると思う香具師の数

承前

その反応承前ナンシー
こちらの蹴りは?なにか意味が違う(笑)
素晴らしきかな。
追記
パロネタモノはこちらのほうの可能性あり。
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# by dr-enkaizan | 2008-03-29 22:28 | 雑文

声優・広川太一郎氏死去

承前
ダンディー2のトニー・カーティスの「ワイワイー」に嵌り猶予年・・・斯様なお年だったとは近年の「メゾ」がアニメでの遺作ということに・・ご冥福お祈りいたします。

追伸:身内の叔母も先週の金曜に亡くなるも・・・福井の娘嫁いだ先ゆえに・・・欝な木野目時にて候。我が哲学の八割は明治~大正期の潮流に生きた、この長命の叔母との対話によるところがおおくも、近年は、上記事例により、合うこともなく大いに残念。
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# by dr-enkaizan | 2008-03-10 00:32 | 雑文

ブーレーズのアレを思い出してしまう・・・

すごいこと発見したwwwwwwwwwwwwwwwww
徒弟の覚書にある、ドデカフォニーの乱数表というか、移行表と原理が同じ?wwwwおいおいしかしココアが飲めなくなるような。
あっ う×こ=こ と一対一写像が怪しい。orz
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# by dr-enkaizan | 2008-02-26 00:57

ちゆ19歳?

もはや好例の更新停滞。
承前
バーチャルネット若奥様
ちゆ19歳

今回はMMRネタで自らの正体巷説など・・・・。
なおかなり前に当該の御仁にはある情報のことで、一度だけ御礼をいただた僅かなご縁があり、その礼儀ある対応は、非常に感動した思いであり、こうして今に更新は稀少ながら末長い支持を生み出す要因に他ならないと、思う次第。
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# by dr-enkaizan | 2008-02-18 01:21 | 雑文

ロドリーゴの標榜しつつげた音楽は何なのか?

 アランフェス協奏曲で知られるホアキン・ロドリーゴはそのイメージが付きまとい、デュカスやモーリスマニュエル門下でのフランス近代書法の多彩な技法を熟知している作曲手腕の持ち主に関わらず、件の協奏曲の評判が引きずり、スペインの内乱期のナショナリズムのころの作品が一人歩きしており、ギターの復興および一部の作品での民俗イデオムの書法から作風に、アウトサイダー・アートの如し天然で表われているかのような、評価言説がまかり通る嘆かわしい現状である。

 しかし、実際ためしにナクソスの管弦楽集成を一巻から追って聴くと、年代順に近い配列で聞け、不幸なことに、アランフェス協奏曲が奇跡だったかのように・・その近接の作品があまりに、一つ考えないで聴くと、シンプルな新古典的で発想展開に乏しい音楽一見評価しかできないものが羅列され少々つらいのは事実である。

 実はこの集成は後ろの番号から聞くのと前の番号から聞くのとでは作曲家の感慨が180違ってくるという奇妙さを具有しする次第にて候。

最近ではこの袋小路に鎌倉スイス先生も嵌っておられるようなので、ここに上記提言と気になることとあるヒントを書いて見たい次第にて候。

 まずこれらの症例を一考して欲しいのは・・・ロドリーゴのアランフェスの頃の時代背景であり、スペイン内乱期に書かれた国家を国中の人々が考えていた時期に、その気運のなかに作曲家は幸か不幸か居合わせたことであり、同時期のナチスのまかり通る独逸でのナショナリズムでのカールオルフの単純主義や、ソビエトでの粛清下でのショスタコービッチやプロコフィエフそしてモソロフの平明な書法への転進と会い通じるものがあることである。

 これはその危うい社会的気風を転機にしたイタリアのレスピーギにも、復古主義的題材にイタリア古楽の復興を目論んだ新古典編曲作品がその現れであり、ことさら鎌倉スイス先生もロドリーゴの上記作品群への鋭い近似を指定している次第である。

しかしながら、当作曲家が音楽書法的に後退して、単に民俗書法を表出する作品*を輩出することを生涯にわたり、標榜し続けたといえは、敢えて「否」といえるだけの作品も、第二次大戦後の70年代の作品に存在する。
(*) また此処で形容に出てくるグリーグも、その表向きとは違う書法的先鋭より民俗イディオムを優先したかということも大いに疑問を投げかけたいが話がそれるのでいずれ。あえて叙情小品集いくつかの音階と音程への大胆な試みを示唆するに留まりたい。


 その書法的先鋭標榜するかのような(*注)・・・代表格は、初期の交響詩「青い百合のために」の民俗素材をコラージュして、管弦楽の即物的表現の混在するカオスへの試みであったり・・・・上記年代のフルート協奏曲の「田園協奏曲」での第一楽章の累積四度の音程を楽想の骨子にして、各種旋律を結ぶという機知に富んだ発想は?もはやアランフェスでの素朴な民俗素材は表出しての演じられていたのか?疑わしくなるほどの作曲書法の職人芸を感じるものに候。

(*注)追記’両作品の時期を言及した記述がごっそり抜けていたため、追加


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8.555962 ロドリーゴ:管弦楽作品全集 6 「交響詩青いゆりのために」/他

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BIS-SACD-1559 ロドリーゴ:田園協奏曲/イベール:フルート協奏曲(ベザリー/サンパウロ響/ネシュリング)
この書法的発想は無論アランフェス以後の成長とも、情勢の変化の反映とも・・・いえるが、それらを踏まえて、大胆さや霊感力の事欠いた作品もある意味合から、むしろ仕事の質を加減できる手腕は持ち合わせていることの証とも、円海山的には所見さるる物にて茣蓙候。
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# by dr-enkaizan | 2008-01-08 01:43 | クラシック

バラキレフ:ピアノソナタ ピアノ表現の歴史を一気に無謀に駆け抜ける書法カオス

 さてバラキレフと聴くと、皆様のうち、ピアノでの技巧難曲の「イスラメイ」以降記憶がたどれる方々がいたとしても、交響曲や交響詩であり、それをなぞるかのように音楽ベンダーも、イスラメイ以外のレパートリーは希薄に辛うじて大半の各分野のレパートリーが点在する次第。
 しかしながら、恐らくロシア五人組のなかでも、とりわけ音楽書法を自在扱える教養をうかがわせ、リスト ショパン シューマンを理想とするピアノ技巧性とロシアおよび中央アジアの民族性そして、西欧文化圏のロマン主義にまで広い視野のある音楽は今後注目される作曲家であるのは、昨今の彼のピアノ作品全集の譜面などの話題からも、今後我々が知りえる音楽宝庫として留意すべき事項の一つであると所見さるる次第にて候。

さてそんなバラキレフの知る人には著明な稀少なものに、あるピアノソナタはその宝庫への導入として相応しい、珍妙な内容ゆえ我拝聴推奨セリ次第。
ピアノ・ソナタ変ロ短調 (1900-5)

嘗て80年代レコゲイの特集にも紹介がなされており、かなり昔からの珍妙な秘曲だが、昨今のトレンドから忘れ去られている観もある。

第一楽章はダイアトニックな短音階の装飾が、ドビュッシーの「ピアノの為」の前奏曲や、ストラビンスキーの春の祭典の冒頭などの主題の原初の血脈を感じるロシア的主題が、バッハのフーガのような遁走的多声展開がなされ、それ古典派のような伴奏上になって、それがショパンのピアノ曲の響きに変容し、最後はまた折り目正しい終止がなされる。
第二楽章のマズルカはリズムの扱いはドビュッシーのそれに近いが、ロシア調の節回しがかなりの風情。
そして第三楽章は間奏曲であり、歌というよりショパンの楽曲にあるアルペジオや途切れる歌による音詩であり、次第にスクリュアビンを思わせるかのような官能的盛り上がりもするが、静まり途切れるような終わりかたをする次第。
そしてフィナーレはチャイコフスキー的なアカデミズムなエリクチュールでロシア的叙情を表現し、技法的要素で開放している音楽展開している、短調のロシア的情緒あるロンド主題に前の楽章の回想もなされ、構成を引き締めても進み、最後は、ハーフディニッシュコード含む機能進行で、多少静まり心地よい憂鬱で曲は終止する。
現状どれだけ音盤があるのか不明ながら、NMLでモノラルながら、ケントナーの演奏で再会できるのが嬉しい次第。

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8.111223 バラキレフ:ピアノソナタ/リスト: 巡礼の年 第2年より/他(ケントナー)

なおショパンについてバラキレフの考は、ピアノ曲を簡素整理したような、敢えて編曲と呼ばず組曲「ショパン」としている作品のスケルツオなどで伺え知れるが各位に委ねる。


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8.220324 バラキレフ:ショパンの作品による組曲/序曲集
BALAKIREV: Chopin Suite / Overtures
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# by dr-enkaizan | 2008-01-07 01:09

新たなるクラアニメか?「七浜フィルハーモニー交響楽団」の常任指揮者アニメ

の●●はもう古いのか・・・・
承前
早速第一話で黒髪ロングがボロディンの「韃靼人の踊」管弦楽版を・・むろん原作は18禁ですが・・・・

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『君が主で執事が俺で』(きみがあるじでしつじがおれで)は、みなとそふとより2007年5月25日に発売された18禁恋愛アドベンチャーゲーム。
信頼度30%のヴィギより。
 
 因みに・・・・・その指揮者の二人いる妹片方は・・・・うちの康代さんシリーズの康代さんの舎弟後輩三人娘の一人(*)と炉という点を除くとキャラデザが被るのがいて、中の人が「線香持参の部下」もしくは、「SOS団の天然エロ担当の未来人」・・・あるいは、「収穫物私物化の幼馴染」だったりもして、その新境地 (但し正規名義上で) が・・・含めて激しくツボで、彼女役どころが製作したナビゲートAIをもつロボットの声は旧ジャイアンもしくはワルサーの中の人というベテランが起用されている。

片方の妹のアマチュア無線の趣味・・・・でっアキバの裏路地系w激しく地雷アニメの予感。
TVKは今期このあとのサイコ欝な死後文とのギャップがいかんしがたい。

 ちなみに韃靼人は中盤のワルツあたりで、普通合唱がないとショボイのだが、ここでは非常に充実していて使用音源が気になる・・・・だれかレコ芸の相談室へ問い合わせヨロシ。(海軍仕様呼称)

ちなみに砲台のあいざーまんさんはこれをとりあげるか?否か・・・。

私信あいざーまんさん観てたらなんかコメントください。
追記’もともと設定は横浜市で、本編上では七浜市であるが、舞台の屋敷が円海山元町山手散策コースのベーリックホールというコアさで軽く吹く、聖地訪問ネタが・・・・そして第二回の次回予告で中の人関智一氏繋がりのGガンにつづく ●だめの‘千秋ネタ・・jが前回は、軽く元ネタの ハヤテ ネタで今回はこれパロディー主体予告なのか?切るに切れない予感w。

(*)
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# by dr-enkaizan | 2008-01-06 05:03 | クラシック

何を新年初聴きとしてみるか?

 さてプレートルの明確に違いがわかるニューイヤーに刺激をうけ、ここは一つフランス近代からロマン派の間のものが、無性に聞きたくなる次第で、さっそく思考をめぐらしてみる。

 なにかピアノと管弦楽ものをしかも、フォーレのバラードの路線で品位を保ちつつ、力強い表現をしめす、というような事で想起して、マスネーとその弟子のピエルネのピアノ協奏曲のアルバムがVOXにありそれが、NMLにも存在しており、それを新春の早起きにがてら聴き二度寝を敢行。
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CDX-5110 FRENCH PIANO CONCERTOS

 前者は第一楽章から九度の抜けるような爽やかな分散和音からとオケの対話、そして主部のスルルツアンドまで品位と豊穣の音色がちりばめられ、ラルゴの安息のコラールはまさに、その装飾段階にてフランスの高音重視のバスの軽妙さの美徳を一心に受け止めることが出来、一般的にフォーレの括りで語られる品位について、タイスで通俗にされているマスネーのそれ以外の作品まで拡げられることはなく、一般の聞き手は語らないあたりに、いかにフランス音楽をエスプリや人名で先入観や雰囲気で理解してきたことが解る次第にて候。
フィナーレは多少エキゾティクでありマスネーの異国趣味であり、弟子のドビュッシーのローマ大賞受賞作の「道楽息子」の参考になったのではというフォルムを多数含んでいる。
 そしてピエルネのそれも、丁度、友人にて同じ門下の同期ドビュッシー幻想曲と比べると幾分古めかしいビルトオーゾな楽曲の様相で、まるでサンサーンスや師匠の影響下にあるも、その力強さ才気そして時折でてくる旋法性あるメロディーラインはピエルネの個性の萌芽を垣間見る次第だが、後の作品の片鱗というより、非常に優等生的な出来栄えであり、その傷のないところが多少興奮を削がれるが・・・・今後多くのコンサートレパートリーなる聴き栄えは約束できる`次第にて候。


演奏はオケが多少荒いが、非常に健闘が伺われ未知よりの楽曲を斯様に聞かせること自体有り難い次第、

なお二枚目の内容も言及したいが本日はこれまで、さて・・・如何に。
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# by dr-enkaizan | 2008-01-02 05:17 | クラシック

謹賀新年あいさつ但し騒ぎは自重(笑)

さて多忙にての反休止状態の当ブログながらチェック入れている奇特な皆様、今年も家主の余命のたわごとにお付き合いください。
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# by dr-enkaizan | 2008-01-01 15:11 | 雑文

年越しコメント目安箱

去年からありえない、不健康と多忙(乏)ゆえに、多くは語れず、僅かに1年の総括トピックでもと思いつつ立ててみる次第。

さてなにしろNMLでリアルの音盤をまったく購入に至らないという事態に陥る。
 そして雑誌界隈ではレコゲイの管弦楽部門受賞ラインにによいよ、「父さん酸素欠乏症で・・・」という台詞が浮かびしことと、週間アスキー紙上にて、ピアニスト三柴氏のフォロー無きエルネストアンセルメのヘッポ子発言がいずれストコフスキーの魅力とアンセルメとフォローなしに論じる問題を語り報復したいのと・・・そしてその三柴氏が音楽を担当する深夜アニメ「BLUE DROP」が世評の不人気をよそに、無骨なストーリーと付随音楽が感動的で、その細部は昭和世代のヤマト・マイティージャック世代を百合路線という倒錯した観点から意表をつくように直撃したかのような当りも論じてみたいが・・・同じく深夜アニメのefが、前クール期での放映中止番組と同じように、ヤンデレや青春恋愛の縺れを題材にしながら、切り口が違い、エロゲ原作とは思えない実写ドラマを意識した台本に、新海氏の背景と独自のアニメならでは可能だが、直接前例のない異色な画面演出に金縛りにあい、中盤クールのひぐらしの最終章のしょぼいアニメ化のフラストレーション分を補うものにて候。

 さて六国峠的はメルクルのドビュッシー「海」が個人的には嬉しき内容であり、須賀田作品の音盤新録音など前述ナクソスツボな活動振りに今後注意と問題を感じつつもある次第にてというところで、筆を置いておく次第にて候。
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# by dr-enkaizan | 2007-12-31 17:00 | 雑文

吹奏楽が舞台の事件・・・・それはなんというエロゲーか?

承前1
承前2

たしかに・・・・練習より・・・・指揮者のタクトより、配置対向のアルトSAX娘の谷間にダーリンフリーズした楽器ストラップが大変なことになっていたのは、今でも昨日の様に覚えている・・・・・蔑んでくれ構わん・・・・。
追伸・・・うかつに エ ロ とタイトルに入れると・・・・ナイスなタイトルの自動TBが付く悪寒(笑)
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# by dr-enkaizan | 2007-11-28 00:59 | つかの間の再開

古関のほうのモスラを新旧ヴァーチャル・ヴォーカロイドが

承前

ニコニコ

 さて新旧(初音ミクとMEIKO)のモスラ是非、伊福部のインファントの儀式の歌も聴いてみたい希ガス・・・。


あと
初音ミクをナイト2000に載せてみた
突っ込む先は・・(藁)
そしてよいよクリプトンではミクの次に鏡音リン(かがみねりんが推参する。
中の人は下田麻美嬢で、近年アーケィドからコンシューマーに移植されて、様々メディア展開がなされた、育成ゲームの「THE IDOLM@STER」の双海亜美・真美役を勤め、その舌足らずで明るい声でアダルトな歌詞の一説が空耳で「とかつつくして」(*)と聞こえ動画やファンサイトで評判な次第であり、そのカラフルな声に期待がもてる次第。

初音ミクの次は「鏡音リン」


(*)ゲーム中の歌唱楽曲エージェント夜を往くでの溶かし以下略での趣旨のの箇所


参照解ったら視聴終止推奨
当ゲームの楽曲中、モードや三度累積和音でのサビなど異色、本来は菊池真の持ち歌、円海山的に好み・・これよりマッドのインドもべりーナイスジャンキー組合でいいが(藁)
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# by dr-enkaizan | 2007-11-07 23:46

秋の夜長祭り・・・・・かかれる前に書いておこうアッテルヴェ(ル)リといえば・・・

承前
さてひそやかに楽しみにしている鎌倉スイス先生の季節物セレクション・・・今回はスエーデンの近代作曲家のアッテルヴェリ(アッテルベリ) ピアノ五重奏曲・・・実は円海山のトピックの予定あった曲であり、これとあわせてそれのもう一つの形態である交響曲第六番もあわせて聞くことを推奨セル物にて候。(尚当曲の経緯は承前を参考に)ナクソスのライヴラリーにあるゆえにアカウントあるものはこちらにて聞くべし。
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アッテルベリ:ピアノ五重奏曲/組曲第1番/ホルン・ソナタ

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アッテルベリ:交響曲第6番/ヴェルムランド狂詩曲/無言のバラード Op. 56(ノールショッピング響/広上淳一)
写真の車は交響曲六番でもらった賞金でかった車

その作曲家にて、いろいろ聴いてもらいたい音楽は多く、円海山的には、交響曲四番の民俗的旋律と儚い叙情のあるアンダンテが念頭にあるがこれは春向けであり、そして海辺の情景を刹那に描いた交響曲第三番は、台風シーズンで多少時期を逃した感もあり、今様の頃での、少々ひんやりとしていて出来れば月の光が少しでもあるような秋の夜には、ホルン協奏曲も相応しいのでは思う次第で御座候。

 ホルンのレシタシーヴォと管弦楽対話にピアノの硬質な和声の装飾がちりばめられ、魅力的に悩ましくも切ない旋律がうねりだす、第一楽章、そして弦楽のピティカートの上の律動の上に、嘗てないほどの朗々と歌われる、歌にピアノ華やかな音階的な律動が彩りを添える第二楽章、そしてスケルツアンドな舞曲で少々スリーステップなジャズを思わせ、哀愁にてユーモラスなフィナーレで、終わりは加速にて遂げられ、全体構成が序破急のラプソディックな仕掛けであったことを感じる。

ナクソスには三種類有るが往年の名盤であり円海山的にもリアル所蔵にも思い入れ深い。
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CAP21364 アッテルベリ:交響曲第3番(ストックホルム・フィル/エールリング)/ホルン協奏曲(リンデル/オスカンプ)
に涼しげな夜空ような音質の録音と緊張感の素敵な持続が一長秀でていると感ずるもの也。
是非拝聴推奨。
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# by dr-enkaizan | 2007-10-31 01:20 | 解説のない音盤紹介

ストラヴィンスキーマラソン 続 支援祭り 「エボニー協奏曲」

承前
夏ごろから始まった 庭は夏の日ざかりさんの
 ストラヴィンスキーマラソンがよいよ12/22を達成し峠を越えよいよ後半へ向かおうとしてる次第であり、地道に無理のないレヴューと的確な音楽感慨は、この多くの音楽ライターに玄人向けと言わしめている当全集の真の姿を伝えつつある次第にて候。

 大袈裟だが、多くの人々がこの全集を聞かんとするときの 道しるべとなるのは確かであり、施是非とも、ストラヴィンスキーの一過言ある方々の、支援も要請していみたい今日この頃にてでもあり候。

 さて円海山的今回はその12枚目の中から
 当曲エボニーは、1945年に、グットマンとならぶ、アメリカビッグバンド界の巨匠にしてクラリネットプレーヤーのウディ・ハーマンから、彼の楽団へのレパートリーの依頼として成立した契機がありなん。

 この頃は戦前のガーシュイン周辺のホワイトマンと彼の楽団による、シンフォニックジャズから一歩進んで、ジャスに中にさらに、近代音楽的語法的を平滑に取り込む、試みとして「プログレッシヴ・ジャズ」の運動が生じており、それらの流れを受けて、その開拓者の、ウディ・ハーマン1945年夏に依頼された次第でありなん。

 初演数年後には。依頼者による録音もなされ、さらに再録音はステレオにてエベレストが録音して、数年前に前者はアンダンテの旧自作自演および初期録音集に収録され、後者はエベレスト復刻によりCD化もされ、さらに10年前ぐらいにはフィリップスーにて国内盤でグーゼンスのストラヴィンスキー曲録音とのカップリングで発売もされている次第。

 さて 今回の録音(1963/4/25)で、ストラヴィンスキーが自作自演参加させしクラリネット奏者は、ベニー・グットマンであり、いわずと知れた、ジャスの人種を超えた次元でのアメリカでの大衆普及に多大な功績をのこし、その択一な表現能力で「スウイング王」としてここで語るまでのない人物にて候。

 そしてこの人物とクラッシック音楽の関連も深く、スイング王としてジャズでの成功の後、イギリスにてクラシックの名手に習い、その後多くのクラシックのクラリネットの曲目を演奏し、その録音も残している次第であり。

 その範囲は古典派モーツアルトやロマン派のウェーバーに近代でのニールセン ドビュッシーそして、同時代のコープランド ヒンデミッドに協奏曲そして、バルトークにコントラスツを書かせいる次第でもある。
 このクラ音楽への接近も、ハーマンのプログレッシヴより先行なれども、なにかしら、一つのジャンルの発展において潮流として符合し対をなすかのような感慨もあり、それはジャズの方々にお任せするとしてこの辺で、エボニー協奏曲に話を戻すと。

 曲は多少スイングするリズムと野蛮な器楽のオスティナートリズム応酬にクラリネットが踊る第一楽章に始まるが、この奔放なセッションにような音楽がストラヴィンスキーが起こした譜面によることを考えると、いかに作曲家がジャスの即興性に着目していたかを思わせ、戦前にエルネスト・アンセルメからのアメリカ土産としてもらった。ラグタイムの譜面を斜め読みしたあたりから始まった「ピアノ・ラグミュージック」そして、小編成のラグタイムに兵士の物語を経て、三楽章交響曲での第一楽章で作曲者自ら語る「ルンバのリズ」などの、各種ジャズ周辺の、通俗音楽の派生要素への適応への試行が、此処に結実している成果たりえるとも思える。(*)

 敢えて12-13枚目がこれらを体系的含有しているのはストラヴィンスキーとジャズ周辺の格闘を浮き彫りにするような、小展示のような気の効きようとも愚考セル次第にて候。

そして、モーダルアプローチに和声にブルーノートと前述の即興への感心は、第二楽章の短いブルースにさらに極められ。

さらに変奏曲においての律を定めて、ジャズのおける発展できそうな諸相をスケッチしたかのような、フィナーレの第三楽章は、そのトロンボーンの下品なフィルダウンや、フィルアップするトランペットなどのビックバンドジャズの常套句や、スリーステップの伴奏、そしてストラヴィンスキーの自身語法のオルターネィトバスやリズムがそこに自然発生的に存在していることなど、自らの語法の親和性を示していて、このジャンルがいずれ現代音楽に肉迫する可能性を強く示唆もしている箇所すら所見さるる。
 事実その四年後にハーマンはバーンスタインにプレリュードとフーガとリフを書かせるが、あまりに現代語法との親和もあり、彼によってこれは初演されなかった。

 国内盤ではこの曲も一緒にカップシングされているがこれは話がそれるのでこの辺で。

*懸命な方々は此処に「ロシア風スケルツオ¥も含まれるのでは思う次第であるが、むしろジャズバンドの音響体としての興味が作曲家にはあり、語法的な試行は一切見受けられないのではという円海山的な見地ゆえご容赦されたし
 なお12枚目にあるコンチェルティーノあたりは、ストラヴィンスキーのユニット的裁断的論理による即興的様相可逆をフルに行われており、ジャズの枠にてそれらの論理を抑制する口実に作品成立ハードルを下げているところも伺え、その辺では包み隠すことなく、ピエールブーレーズがグラムフォンとエラートに行った生誕100記念の室内楽録音集にて、斯様に両曲とも録音されている。
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# by dr-enkaizan | 2007-10-30 01:28 | 他近代音楽@管弦楽

遂にデーリアスをミクが・・・・

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1327048

承前
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# by dr-enkaizan | 2007-10-27 22:39 | クラシック

画像がネットから“消えた”?

「初音ミク」画像がネットから“消えた”?

 どうも別の動きがこのソフトに対して始まっているということか?
エキサイトも現在検索できず。
http://www.youtube.com/watch?v=-MYM4hmXrsA
看板がjas a
ネットにオキシジェンデストロイヤーを敷設しているやつは誰だ?

酷いものが・・・・泣くぞ中の人が
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# by dr-enkaizan | 2007-10-19 00:01 | 雑文