ブログトップ

六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

<   2006年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

ライトアップ中

a0007939_23565384.jpg

金沢文庫でおなじみ称名寺のライトアップが28日より開催中にて候
ここ魅力は金沢区の寺前の一般的な古い住宅街の町並みに突如出現する寺へのアプローチにあり、周辺部もこの日当たりには提灯が吊るされその特異性を際だ出せている次第。

ここでカウントダウンもよろしいかも。

それでは・・・良いお年を皆様お過ごしください。
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-30 23:56 | 雑文

今年の音盤での個人的衝撃「年末のミュンシュ一発」告白開催地

さてよいよストロング氏の吉報の現物が密林より届く。

a0007939_2356758.jpg

プロコフィエフ:ロメオとジュリエット(抜粋)ボストン交響楽団 ミュンシュ(シャルル)
ジャケはコクトーでオサレ

おそらく今年の最後の最後に至り強烈な音盤が、燦然と再発売されるとは。
半世紀近くもこの音源が忘却なの甚だ遺憾・・・というより認識の外であったことを恥ずかしく思い、その音盤の衝撃を受け止める次第。
「絶対俺は莫迦だ嗚呼莫迦だとも!!」と言わしめる・・・。

多くはトピックでかたるのも勿体無いゆえ買った人とコメントで語り合いませう。
無論:詳細後日追記予定。
これはプロコスキも嫌いも絶対買うべきかも・・・?
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-28 23:54

今年の音盤での個人的衝撃春~夏告白開催地

さて年末ながらなんと今年は大晦日まで仕事に煩わされる予感(欝)ゆえに年を越えて、ゆるりと2006を振り返ル次第。
とりとめもないので最初は春~夏にかけてのそれをこちらに。
各位のコメントを求める次第にて候。

さて夏にかけては「塔」のコンドラシンのハビヤールの復刻が頂点にくるが・・・衝撃的なことに気づいたのは、某前衛嫌いな作曲家氏の予言どおりに、音盤ベンダー以外での廉価音盤販売に拍車がかかり、クラ音盤が一枚500円以内入手できる事態になりつつある日常が訪れたことにて候。

おもに昔の海賊版にかわり・・・ロイヤルフィルコレクションの音源がさ迷っている状態であり、シモノフのマーラーやストラヴィンスキー(*)そしてロシア物さらに、ハンドリーのホルストの惑星とセントポール組曲という名演奏にそれに負けない充実度あるかのワーグナー管弦楽曲集なそが書店や量販店の薬局店の片隅にラインナップされている。

されそれに拍車をかけるかのような上記コレクションを包括しさらに、アメリカVOX社の音源を混ぜた国外のクロドマニアを扱う事態に発展している次第にて候。

ミスターSのブラームス交響曲全集そして驚異的なのはあのVOX社のフロマン指揮ルクセンブルクの奇演たるドビュッシー全集などが、入手できる次第である。

この演奏は前に
フロマンのドビュッシーに目覚めた人がまた一人 に参照のとおりなる価値をもつしだいであり。

 ゆえに輸入店の片隅の怖いもの見たさ的価値と、ドビュッシーの珍しい楽曲収録の価値を誇る二律背反の思いに駆られる貴重な音盤である。

 上記音盤が一般家庭にすんなり入れる量販店での販売にには、その売れ残っている在庫を思わず買う衝動を抑えつつも、眺めるにして横隔膜が揺れる思いに駆られる夏をすごした次第にて候。

a0007939_22481035.jpg

クラオ・・・康代さんと再度遭遇
「廉価のあるところに康代在り」
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-27 22:48 | 康代さん

プリクラースナ(愉快&痛快)にて奇奇怪怪ロジェストベンスキーのプロコフィエフ交響曲全集+アルファー-2-

プリクラースナ(愉快&痛快)にて奇奇怪怪ロジェストベンスキーのプロコフィエフ交響曲全集+アルファー-2-「ゲルギーVS」 

プロコVSロジェストベンスキーネタにからんで・・・・。

さて某誌の年間行事にての交響曲部門にて、史上初のプロコフィエフ交響曲全集としてソビエトーロシアの後進指揮者のゲルギエフが、最近汚れ仕事が多いといわれるロンドンSoを指揮してのものが入賞した次第にて候。
 
 しかし選考対象が、この及第点は大幅に超えるが・・・ダントツさには届かない音盤に対してて、少なくほかにも資格はそれを上回ると認識する、「芸術内容の音盤」はあるのに関わらず?むしろ話題性と稀少価値そして、付加価値(*1)にて?これに決ったかのような、コメントが選考の批評家諸氏の記述がら伺えしれ(*2)、プロコフィエフのマーケティングが変わつつあるのは、歓迎されるも、クラ業界の音盤事情の衰退振りも如実に示す結果ともいえ、なんとも複雑な心境にもあいなりなんにて御座候。
(*1)交響曲第四番の二つの作品番号を与えられ原典(OP.47)と改訂版(OP.112)の双方を収録さらに発表ご追加され、最終的に現行では削除された交響曲第7番の終楽章の終止部が国内販売分のみ追加される媚び様である。しかし往年のフィリップスらしからぬホールトーンが無視されたデットな録音などそれ以前に解決されるべき事が多い

(*2)アンチではなくむしろ当方は多くの意味で(笑)信望者である選考でのU氏コメントの古典交響曲という自らの理解範囲でのプロコフィエフの批判を加えているあたりに、プロコフィエフの全貌をみていないか理解範疇から外れているのか、非常に正直で昨今の苦渋の選択振りが伺え知れる。個々に対して評論をさせるとどの程度の人間が付いていけるかは大いに疑問なコメント群ゆえにそれは重要な問題を嗅ぎ分けている感覚がむしろ好感な次第。円海山的は多くのネットでの評判どおり五番以後の作品番号の後期交響曲が非常に秀逸と認識せり。
なお四番の初期稿は実は、ルーセルのバッカスとアリアドネの第一組曲に相当する部分を意識したのではと思わせる箇所が多数存在するがそれはまたいずれ。


 全体的出来は本題のロジェベンが吟醸の辛口とすれば・・・・ゲルギーのそれは、丁寧な工程で作られた濁り酒のかのような?粗雑と神経質が共存する出来栄えであり、その粗雑さゆえ・・・万人には理解しやすい表情での劇的な表情を目論むかのような・・・音楽フレージング、それを達成線がための神経質に効果を重視せるアーキュレイトへの追求が主だっており、その点ではこの指揮者がやりたいことは、このロンドン交響楽団をもって達成された事がわかり、、非常に解りやすい一見すると血の通った「プロコフィエフ」として認めうるものとして全体が纏めらている次第である。

 
  斯様な点では?デジタル時代でのプロコフィエフのマーケティングの変貌の先陣をきったヤルヴィと同じく、この全集でのゲルギエフの演奏はソビエト時代の指揮者にはプロコフィエフの作品が当たり前に、音楽感覚形成に血となり肉となっていたことを伺え知れるほどに綿密な配慮がある次第ながらも、その解りやすさにはむしろ指揮者の表現意図が作品を侵食しているところも垣間見られるところは、入手し易い全集ゆえに、それ以前のプロコフィエフの冷徹な凄みと難解を否定するような方向へ多くの一般聴衆の趣向先導されかねない危惧される次第でその点では手放しでは喜べない複雑な心境にて候。


その点にてはロジェストベンスキーやラインズトルフにて交響曲を拝聴することを強く勧めたい次第なのはこのブログでの方針だが、ソビエトの伝統の成果として甘い果実として結実したかのような?万人へのプロコフィエフへの興味が今後とも広がることを期待。

 これらの問題点を顕著感ずるのは、代表的大作の交響曲第五番での運動感の違いが如実であろう次第にて候。


 正直ロジェベンの全集では一番出来が良くない何処となく落ち着きのないテンポに仕上がったのが、この五番であり、その充実はオーマンディーに、その剛直はラインズトルフに、その劇性はバーンスタインの新旧録音に及ばないが、決して意義なきものではなく、そのメリハリの利いた運動性のよさと、透明な音色間はほかには味わえない次第であり、意外にもその辺はゲルギエフの話題のそれでも当該箇所と著しき符合をしめし、さらに急進的に推し進めたか感がある。
 手短い理解を求むるなら第二・・・楽章の旋律が冒頭におけるクラリネットに始まる旋律が、幾つかの楽器に歌い継がれていく際に、幾分のリズムの変化が行われており、その点においては西側側の演奏が飽くまでも冒頭のクラリネッドフレージンに矯正してしまうに反して、流れるコンベア上の工程物のような勢いであり、その細分化されたリズムに強引にフレージングを進めている点にある。

 この内在する運動性においては初期ロジェストベンスキーの演奏の秀逸なる点でもあるが、弱点もある次第だが、ソビエト時代にソビエトの指揮者と演奏家でのみ理解しうる感覚での、ソビエト時代のプロコフィエフという貴重な感覚を体感する意義を知ることを求めたい演奏にて候。

a0007939_19345963.jpg

追記:12-23近日展開予定の康代さんシリーズの周辺キャラお披露目をかねて・・・・。

あらすじ・湘南にある某女学院聖歌隊副隊長(書記長)の康代さんは、かなりツンデレに聖歌隊の後輩達に毒気ついております・・・。
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-23 18:42 | プロコフィエフ@交響曲

伊福部氏の遺作アニメサントラ担当鉄人28号 白昼の残月

今川泰宏監督作品『鉄人28号 白昼の残月』
近年のリメイクされたTV版を継承しながらもオリジナルストーリーの新作。
一時実写版の興行的大コケのあおりを受けた、諸事で公開が延期された作品がよいよ公開。
その音楽はなんと伊福部昭
これが事実とすればわんぱく王子以来何十年ぶりアニメサントラにして遺作の発表ということになる次第起き掛けに速報セリ。
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-19 04:05 | 劇伴奏

今日の料理のテーマを馬鹿にしていないか?

さてこの件はTVでどのように扱われるのか興味があったが、なんとも・・それは当該番組の主人公がコンクールにて「ペトルーシュカからの三章」(ストラヴィンスキー)のロシア舞曲の一部をNHK教育の料理番組「今日の料理」(冨田勲)で弾いてしまう顚末である。

 見事に原作のそれを音楽で再現し、その忠実な仕事ぶり(*)は見事である反面、現在存命の作曲家の楽曲を使用しておきながら、その了承および作曲者のクレジッドに何も出ていない次第である、しかも当該箇所はある意味「今日の料理」はどちらかというと「笑い」を取る箇所である、ましてやその曲の作者は日本のTV音楽の重鎮にして、シンセサイサーのパイオニアで近代音楽造形深い冨田氏であり、氏の楽曲を嘲笑の対象とする行為であることを省みない暴挙であると、円海山的には強く抗議と批判を促したい次第。
(*)ただしこれをぶった切り編集しての演出は除く


 確かに原作でも原作者およびその関係者が当該曲を一種の「記号化」した存在として認識しているものであると思い、一部の許せる蒙昧ととして、その点でこの作品のリアリティーの鍍金がはがれた思いに駆られて経緯ががあり、正直この話で原作に対して興ざめしたことがあり。近隣サイトの加熱に冷ややかに思えた次第でありなん。
 しかしこれが具現化する当たっては、個人のサイドの問題とは違う次元の、リアルの作曲家の名誉と権利に抵触しないコンセンサスを得ル必要があると考えられる。

 さらに当該番組を放送してるTV局の過去の放送開始のオープニング音楽を作曲(*)したのも冨田氏であり、そうした重要な位置に属する人物の楽曲を斯様な扱いに出来る、関係者の無知蒙昧ぶりには、番組のストーリの充実が進む反面大いに「?」を提示しておきたい次第にて候。
 これは原作者にも個人的には、そのような「禁断の楽屋落ち」を、その成立経緯を省みないで笑いネタにしている点は、猛省促したいが、多くの支持者のあるものに何を言っても仕方ないので、あくまでも個人的なささやきである。

(*)マイティージャックのトピック参照

下記経緯を知った上でできるなら大した厚顔ぶりでありなん(笑)

 その当該の今日の料理の成立の顚末は冨田勲がスタジオの片隅で瞬く間に作ったのであり、まさに放送黎明期の伝説であり、そのマリンバでのアルーヴェンの某狂詩曲風のような(この方が禁断の指摘)メロディーにまな板での包丁捌きを思わせる、木質けいのリズムという、適切な表現はまさに、この作曲家の天性の音色への才気を如実に示した名曲と評されるべきもの。

近年新バージョンでは木質系のリズムの刻みがルンバにして再登場しているのも、ファンの間では微笑ましい氏の健在をしる話題にもなった。

TOMITA ON NHK
冨田勲 / コロムビアミュージックエンタテインメント
ISBN : B00006JJ8U

きょうの料理(旧ヴァージョン) トラック13
きょうの料理(新ヴァージョン) トラック14

またペトルーシュカと冨田氏も意外にも、しかし氏の活動からは・・・当然の関係があり、少年期にそれを聞いて、その音色を縦切りに使用できたらと思いに駆られたのも作曲を志した一因の一つと聞いている。

尚、氏のシンセによるストラヴィンスキーの楽曲では火の鳥1919版組曲があり、当該番組が使用したしたムソルグスキーの「禿山の一夜」そして原作でのドビュッシーの管弦楽曲の方で牧神の午後への前奏曲がカップリングされてアルバムとして発表されている。
また春の祭典の一部も発表されており、氏のストラヴィンスキーや近代音楽への傾倒が見て取れる次第。


 ある意味冨田氏には感慨深いストラヴィンスキーと同列になる点では、間違った行為とはいえないが、社会的礼儀を踏まえると今回の楽曲使用への謝辞なしは大いに不愉快極まりない次第であると警告しておきたい、当該放送局ならびに製作会社に良識あるなら?来週の番組冒頭にテロップでこの点の謝罪テロップは覚悟して貰いたいものである(笑)以上。

さて来年のアニメに期待・・てっおいおいなんか矛盾していないか俺

しかしこの点「ぺヤングのだ○と能登かわいいよ能登さくらがでるアニメ」に影響ないようにコンセンサスを4649

能登可愛いよ能登がきっと来年はクラオタにも普及する予感。
能登可愛いよ能登の予習はこのネタに追記予定。

 なおこの件に関しては、作品の魅力、番組の面白さを否定するつもりは毛頭ありません、しかし皆様に理解して頂きたい問題も多数あるのもたしかでもあります、筆頭に忌忌しき行為たる冨田氏の名誉にたしいての義憤であり、「私はそう思わない」「そんな味わいがあっても」など思いかられるなら、その深い思慮配慮不足は、冨田音楽を愛する当方として耐え難い苦痛でもあることを踏まえた上でコメントくださるよう願います(笑)

追記:ペトルーシュカ使用の先例」
「ペトルーシュカからの三章」と思しき楽曲が著明な漫画で扱われるのは二度目であり、さて先例は・・・・なんと手塚治虫の「ユフテラの樹」で、ユフテラの禁断の実によりいきなり超絶技巧を実につけた少女のもとに、国外の巨匠が聞きつけ弟子にすることを申し出る際に、ペトルーシュカを弾かせようとするくだりがある。
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-18 22:39 | クラシック

東芝、音楽事業撤退

 さて、昨今の音楽の販売配信のあり方の激変の煽りから、あの東芝が東芝EMI株の全株売却という事態が発生、これにはクラ的事象にては多くのの不安を投げかけるのでは愚考さるる次第にて候。

 EMIの国内販売を一気に引き受けて相当の年月があり、音質には一定のコツがいる難易はありながらも、その中でもクラ部門はフルトベングラーにクレンペラーそしてカラヤンの初期などのレパートリを販売し、バルビロリーにさらにイギリス音楽そしてパテ音源でのフランス音楽であり、マルティノンやクリュイタンスのドビュッシーにラヴェルそしてプレートルのプーランクなどの秀逸な音源を所有するのは周知の事実、近年のテンシュテッドにラトルの録音も主だった功績の一つでもありなん。

 しかしその商業成果はクラというカテゴリーを外れると、芳しいかは疑問であり、企業の意向方針により左右されるのは大いに想定される次第にて候。

 新たなる売却先が上記クラ的功績を認めた上での経営方針を遂行されるならいいが。その逆ということならば大いに不安な状況と所見さるる。

さてEMIに明日はあるのか?今のうちのEMIの音盤は大人買い推奨か?
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-18 00:57 | 気になる・・・・・

プリクラースナ(愉快&痛快)にて奇奇怪怪ロジェストベンスキーのプロコフィエフ交響曲全集+アルファー-1-

ロジェストベンスキーのプロコフィエフ交響曲全集+アルファー(序)

さて前年~今年にかけてのプロコフィエフ愛好家にっとて至福の時が続いているのは周知の通りな次第、コンドラシンのスキタイ組曲他そして20周年カンターターそしてテスタメントから復刻されしラインズドルフの交響曲2・3・5・6の録音、そして頂点を極めるめるのは、夏の終わりに全曲再発かなったロジェストベンスキーのモスクワ放送響の交響曲全集であるのは誰も異存はないと固く信じたい次第にて候。
その内容は、LP時代の1962-68年のステレオでの画期的な録音であり、一度国内でメロディアの音源にて日本ヴィクターにて全曲CD化されそのごすぐに廃盤になり、今度はBMGから外盤で1-4までが管弦楽曲をそえて発売され、続編を期待するも中断となった顚末ゆえに、幻扱いの交響曲全曲に加えプロコフィエフ:
・ヴァイオリン協奏曲第1番 ダヴィド・オイストラフ(vn)
・『ロメオとジュリエット』第2組曲
 モスクワ放送交響楽団/セルゲイ・プロコフィエフ(指揮)
 録音:1938年[モノラル]
というプロコフィエフの自作自演に ヴィクトリア・ポストニコワのピアノを迎え
1983-87年[デジタル]録音のピアノ協奏曲全集がつく豪華なものとして変貌している、しかしそれらの価値は認めつつも少々落ち着きが足りない躁状態な交響曲第五番や全体のテープ劣化は多少認められるのが残念な点もあるが、それを補ってあまるところが今回の付随した音源にあり、この作曲家ピーターと狼以外の器楽の側面を知るにはバイブルというべき価値を具有する次第。

今回は序として手始めに、この全集の印象を代表するとする部分をここに提示する次第、

まあ円海山的にはピアノ協奏曲第二番の第二楽章を拝聴することを強く推奨。

多くの演奏がピアノの機械的な律動に、管弦楽が控えめな表情をつける流麗な傾向がスタンダードであり、レイホビッツ&マルコムフレージャのRCA録音のようにそれが絶妙なニュアンスで成立していることを考えると?・・・それは適正あるとも考えられる次第だが、しかしプロコフィエフの音楽としては、その音楽的書法は既に頭角を表しているのに関わらず、ラフマニノフ調のヴィルトオーゾの印象も否めない違和感長らく感じていたが、この演奏では管弦楽の控え目が、気まぐれにとっとかわり、ピアノと拮抗する様相を呈しており、まさに中間部での上向音形での弱音期を付けた金管とピアノの短い対話や、ピアノのアルペジオ的はや走句に付点で答える弦楽そして気まぐれなフレーズを宛てる木管などが、プロコ印が実は用意されていることをて、的確に示しており、まさにプリクラースナ(愉快&痛快)にして奇奇怪怪な感慨を抱かせる。

これはあとにつづくグロテスクな行進曲にも適応されるが、この第二楽章の成果は正に他を圧倒する次第にて候。(づつく)
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-03 23:35 | クラシック

鎌倉スイス先生のところでペペロンチーニで奥深い件について

スパゲッティ・ペペロンチーニ
来週は連載(高雅にて・・・)の再開など多忙の先生の所
なぜか料理属性のトピックに群がる調理好事な人々のコメントが面白くあり。
尚当該のスパゲッティーは、その素材の単純さに反して、技巧的な面もあり、ようするに歴史や地方背景を無視すると音楽で言えば・・・
イタリアのスカルラッティーの音楽を彷彿させる、ということでFA?か・・・。

まあスカルラッティーでも聞いて食するを理想とするか否や?

意外にも!塩加減と小手先の独自さがおいしい・・・ロシアのシェフのスパゲッティーで(笑)
スカルラッティ・ソナタ集
ホロヴィッツp / ソニーミュージックエンタテインメント
ISBN : B00005N0EP
スコア選択:
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-03 23:12 | (゚д゚)ウマー 探訪

It is spare clothing in a classroom.???

暗い話ばかりも何なので・・・・。
ttp://www.youtube.com/watch?v=LfmCet0CPco

うーん出所は(汗)
追記12/3 限りなく学級崩壊に近いクラスに・・・外人少女とあぐら外人少女萎え
a day in sophie's class
[PR]
by dr-enkaizan | 2006-12-01 01:51 | 雑文