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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

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何回言ってるのか?

通販番組
しかしながら「おいしい」(笑)
ようするに音楽評論で例えると、某評論氏調発生ジュエネレーター調の文章にしていう所の・・・
 
深い精神性を感じさせるブルックナーだ。あくまで繊細な冒頭から深い精神性を感じさせ、いやがうえにも深い精神性を感じる第一楽章第二主題も実にすばらしい。思いをこめて歌われるスケルツォも深い精神性を感じさせ,ここでマタチッチは,感情を高貴な哀しみを深い精神性へ感昇華させている。しかも表現が厳しい精神性を感じさせるのだ。特にすばらしいのはフィナーレで,これはまさに精神性を感じさせる繊細さの極みだ。有機的な音と雄大な響きを生かし抜いた精神性を感じさせる名演であると言えよう。

と言う感じの広告。
「おいしい評論」祭りキボンヌ
ポイント
子供に「バカいいなさい」とむきになって食べているものを否定する祖父親がおいしい
映像の女性に合わせて「オカマ」声になる男性ナレーション萌え
もちろんおいしいのに、しかしながら食べた人の80%
追記:基ネタ
美味しいのは適当な翻訳者とアテレコと言う落ちが・・・
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by dr-enkaizan | 2006-10-29 05:02 | 雑文

今度はイタリアオペラへ侵食「神の外人クラオタ」

Puccini - Turandot - Diecimila Anni
プッチーニとは意表を・・・・。
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追記:ここにしても彼は合唱部分を使用するあたりから・・・・合唱人の可能性が?これは他者へ判断を委ねたい次第にて候。
追記2やべ!間になんとR.シュトラウスの
「死と変容」を・・・・・
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by dr-enkaizan | 2006-10-25 13:26 | クラシック

さて困った「鎌倉スイス日記」強制復活希望応援祭り

どうも鎌倉スイス先生のブログが了見は狭くも寛大な落としトコロ対話の糸口をもうけるが尊敬すべき大人と、逆切れの非礼な子供(前科一○)の如し、斯様なるトピックにてピンスポット「プチ炎上」に以下の告知の顚末とのこと。

これはもう音楽ブログにとって危機的状況にある次第。
今後のことなど 確かに「人の注意は無視して倍返しで影で(略)をしかねないような行動に移る様な(笑)」物事を斜に構えてしか見ていない円海山にとっては、そのまっすぐな言説は「ピンホールカメラ」から差し込むいたる写像の如しに「眩しい」感慨あるのは、今回の件と符合するは確かながらも、その情報的価値は掛けがえのない可能性を秘めるものあり、どのような肉迫し、当事者が恐怖するような批判があったのかは不明(*)なれど、短絡に休止することは非常に残念でありなん。

(*) なお確かにその批判が「断罪パニッシャー気取りの潰し屋」(笑)ではないと仮定して、真摯なる抗議として考えると、「有名人同士の人気者対人気者」という事象が「事象」だけに・・・・ブログの書く記事の選定の難しさと、自己の存在を適切に認知してもら困難を実感する事例であることは、たしかに否定はし難いが。

参考
ブログ時代は「いかに言わないか」が大切
ネットでのアウトプットが少なくなった人の存在感

 まあ人の感じ方は千差万別であり、傍観しているのではない、ブログとして言説を配信している中でのそれらの反応同じく多様であることは確か


物事は「転んでも泣かない」「前に進む」ことももってその批判に応じてみるやり方あるとも思うが如何なるものか否や?。


もうこれだけ魅力的言説を放出しておいてここで休止のほうが傲慢と叱咤したい気持ちを抑えて見て。

ここにそんな「以前から傲慢」が「見てる側も心配で肝を冷やすほどクールな(笑・・冗談ですよ)」という「チャームポイント」こそ魅力と感じる「鎌倉スイス日記」様へエール表明セル次第にて候。

先生多忙が終ったら、音楽的事象だけでも我々に門徒をお開きください。
ということで皆様のうち高天原でアマノウズメしたい人はここにTBとコメント応援を。
ちなみに「いじめないでね・・・・円海山はそういうキャラだから・・・(笑)」
ユリイカ 2005年4月号 特集 ブログ作法
/ 青土社
ISBN : 4791701321
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by dr-enkaizan | 2006-10-21 00:55 | クラシック

なんてものが・・・・・。


やべえ とんでもない発見した

しようがなくとりあえず三人の名前を入れてみる
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by dr-enkaizan | 2006-10-13 01:20

ピツェッティ/「ピサの少女」&「夏の協奏曲」 L.ガルデリ指揮OSRとウォルトン

ロジェベンのプロコのハントに成功し周りをみると、ふと見知らぬ廉価盤の群れを発見。
どうやらユニバーサルの地域企画である模様、ふとドウセ有名曲路線かと思いきや・・なんとヲルトンの「ファーサード」自作自演の1973年デッカ録音盤があり購入、
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そして別の音盤店ではL.ガルデリのピツェッティ/「ピサの少女」&「夏の協奏曲」が目に飛び込んでくる次第。
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すぐさま購入

ウォルトンの出世作ながらその音楽部分のみの組曲版が多く出回り、初期のシュプレッヒ的な朗唱による音楽前衛と悪意が忘れられがちな当曲の、良好な録音による自作自演が廉価で出回ることに大いに絶賛する次第にて候。
ただし難を言えば当時はメガフォンで舞台装置から叫ばれる男女の朗唱が音マイクの別取になっていることでその点は各位の留意をようするところであるが、その20年代のモダン戸外に流れていたモダン音楽や俗謡に各国の民族音楽おキッチュな模倣ミニチュアは!この無意味な歌詞の朗唱を持って成り立つことが、自作自演で証明される快さは他の追従を許さない次第にて候。

モノラルでのエードリアンボールドや近年のシャイーも棄てがたいが・・作曲家とロンドン・シンフォニエッタの適切で確実な演奏テクニックはこの廉価シリーズの幾つかある目玉の一つとして推奨購入を強くお勧めする次第にて候。

そしてピツェッティの作品集にレスピーギとロータの室内オケ作品を付け加えた音盤は、なんといっても圧巻は、ピツェッティの二作品である。

最初のG.ダヌンツィオへの付随劇音楽からの組曲からのさらに三曲の抜粋の「ピザの少女」でありこ古楽回顧のデカダンスと旋法性への回帰が溢れる音楽であり1:ファマグストの埠頭は全編に古代旋法的旋律が支配しており、そのミクソルディアの軽妙さとブラガ的進行の情熱的ラテンが交際する2:「貧しき民の踊り~究極の愛」はレスピーギの弦楽の古風な・・・の先駆的なものであり、イタリアバロックによる弦楽とヴァイオリン対話の形をかりながらも、旋法的な和声に支配されている古いようで新しい音楽であり、その旋法性や斬新な和声はバルトークも垣間見れる3:「愛の踊り~香水を付けた少女の死」は 弦楽の駆け上がりやトリルに金管の咆哮と、非常に悲劇的な近代的管弦楽表現に始まり、少女の愛の踊なのか?なにか後ろめたい官能を秘めたクラリネットの緩やかな舞曲が始まり、次第に弦楽に移り加熱して、管弦楽のエキゾティクな舞曲に展開していいき、金管の悲劇的なため息のような叫びで終り、その全般やため息の直前の弦楽のトレモロ丁度後のローマ三部作でのレスピーギの表現のねたになったような驚くべき未知の先駆者の発見を我々にしらしむる。

夏の協奏曲は管弦楽の為の協奏曲扱いの合奏曲ながらも、マスでの表現が非常に色彩的である音楽。
第一楽章は古代旋法による東洋的ペンタトニックのモットーが、オルガヌムの手法で音の幅を拡大されたヴォイジングで弦楽のトレモロで煌びくも雄雄しく現れ、それが一段落すると、ドビュッシーが使用した手法で教会旋法的な手法で硬軟取り混ぜ盛り上がり展開して、それが繰り返され、最後はオケの色彩的表現で終止しており、ここでも和声と管弦楽にレスピーギとの近親を垣間見れるのは我々がイタリアの近代をレスピーギとプッチーニでしか垣間見れていないのかも知れないこと痛感する次第である。

そして、「夜曲」と題された第二楽章はこの作曲家が一部で言われている、旋法的和声に基く半音的展開でのセザールフランクとの近親を感ずる緩やかな楽章であるが、ここでもホルンのファンファーレやオルガヌムの手法と転調がレスピーギのローマの祭りの一部のを彷彿させる次第であり、レスピーギの音楽を語るのに多くが、RシュトラウスとRコルサコフとドビュッシーしか言及していない言説はまったく疑問を持っていいことを感じる次第であり、当作曲家の旋法的和声は復古的なものでない未来趣向であることも認知できる次第である。
終曲これも前の二曲を継続した雰囲気の古風で力強い三拍子の音楽であり、夏への讃歌のような初期の小組曲の頃のドビュツシーを凶暴にしたような音楽に、ときよりスペインのアルベニス当りが交差しような「素の感慨」での「それ」が展開する次第で、非常に快いものにて候。

追記
関連:CD購入日記様L.ガルデリ指揮OSR、ピツェッティ/「ピサの少女」&「夏の協奏曲」ほか
新譜の情報が中々頼りになるレビューに敬服

ピツェッティ「Concerto del L'Estate」:地中海性気候の「田園交響曲」
公認くまぞう氏のレビュー、またしても音楽キャラがクロスフェイドするる素晴らしさ。
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by dr-enkaizan | 2006-10-09 21:02 | 解説のない音盤紹介

アニメーション神戸に「涼宮ハルヒの憂鬱」の受賞

第11回アニメーション神戸
さて機知に富んでいて、尚も複雑で奇抜な学園物ライトノベル(原作者本: 谷川 流(絵いとう のいぢ ))のアニメに関連している地元の地域周辺諸事(*)が、劇中の舞台「北高周辺のモデル」になり、神戸としての注目は当然でもあるが。(横浜なのに神戸ネタごめんてつわんこさん)
(*)兵庫県立西宮北高等学校

 このアニメが今年主題歌およびエンディングを含めて話題になったのは事実アニメプロの京都アニメならではの丁寧な作画および、エンディングの法外な枚数の原画による、リアルで機知に富んだ動きある動画ほか諸々。
本編での回数を演出上原作の時間軸のまま認識受容の適正からセレクトした奇抜さの成功
音楽面でも吹奏楽出身の監督の趣味性から、?
最終回でのハルヒのフラストレーションによる閉鎖空間を破壊する巨人「神人」の出現からキョンとハルヒの逃亡にはマーラー第八番第一楽章の展開部(丁度あの外人クラオタ少年のこの部分)が使用され、全体のテクスト「来たれ創造の主」を意識しさらに意味深い節の引用という(後日ねたに)あざとさ。

そして前にトピックした射手座の日でもショスターコービッチ交響曲第7番やラヴェルのダフニスとクロエの夜明けそして、チャイコフスキー交響曲第四番のフィナーレ などの使用も奇抜であり。

さらに文化祭での長門とハルヒの助っ人な飛び入りロックライヴ劇中歌の熱唱と器楽奏者の実写からコマを作成したリアルな演奏の動きなど。

そして全編の多彩なサウンドトラックなど音楽的に聞くべきところも多数存在しており。

その趣味性のよさは「オタク」文化の範疇に留まらない、アニメの進化した最新の最良を知らしむル次第にて候。



涼宮ハルヒの憂鬱 1 通常版
/ 角川エンタテインメント




涼宮ハルヒの憂鬱 2 通常版
/ 角川エンタテインメント


涼宮ハルヒの憂鬱 3 通常版
/ 角川エンタテインメント
ISBN : B000FBG0OY


涼宮ハルヒの憂鬱 4 通常版
/ 角川エンタテインメント
ISBN : B000FBG0PI


涼宮ハルヒの憂鬱 5 限定版
/ 角川エンタテインメント
以下続行

関連
作品紹介
涼宮ハルヒが起こしたYouTubeの憂鬱、ネットマーケティングの大成功例。

ウィキペディアにてハルヒ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%BC%E5%AE%AE%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%92%E3%81%AE%E6%86%82%E9%AC%B1
Nobumassa Visioneさんレヴュー
アニメ終了時以後に多くの動きとは無関係に「素で原作」を読んだ貴重な証言。
涼宮ハルヒの憂鬱(DVD1巻目)


涼宮ハルヒの暴走
「涼宮ハルヒの憂鬱」読了


追記:今も神戸周辺在住でハルヒの舞台地域で青春時代をすごし、原作者においては、大学と学部と言う点で「先輩」にあたるらしい、文化蛮勇(笑)のてつわんこ氏の六甲ハイクシリーズで、ハルヒネタをやってもらいました。恐縮です。
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by dr-enkaizan | 2006-10-07 21:38 | 雑文

ぇッ・・・・・敢えて反応は求めない・・・ただ

綾波が・・・・・ある意味グロかも・・・・。
今すぐTBSを見ろ見なくてよかったかも・・・。
お早めに。
あの鐘を鳴らすのはあなた
阿久悠 野崎良太 Reggae Disco Rockers 小西康陽 窪田晴男 大谷和夫 森田公一 和田アキ子 / テイチクエンタテインメント
ISBN : B000EWBV2U
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君に勇気はあるか?
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by dr-enkaizan | 2006-10-06 23:51 | 雑文

外人クラオタGJその後

もはや見たこともない庭は夏の日ざかり様

六分割の画面でのロ短調は神か!!・・・やはり合唱畑の人物なのでは・・・誰か直撃インタビューキボンヌ。
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by dr-enkaizan | 2006-10-03 13:13 | クラシック