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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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なぜ月の裏側はみえないの?

なぜ月の裏側はみえないの?

ふと筒井康隆ショートの「陰悩録」(字は正しいかあいまい)ののりを・・・・
鈴木さん・・・・・・あんた

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by dr-enkaizan | 2006-02-28 16:04 | つかの間の再開

試験

一度もやっていなかった携帯投稿テストにて候

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by dr-enkaizan | 2006-02-28 12:37 | 雑文

ヨコハマ買出し紀行の終焉

さてつかの間の再開に残念な事が一つあり
講談社の月間漫画雑誌「アフタヌーン」の11年越しの連載になる、名物な芦奈野ひとし氏の著作ヨコハマ買出し紀行が今月の掲載を持って突然最終回を迎えてしまった事にて候


(当ブログもその舞台のモデル黒崎の鼻付近を
つぶやき岩の弁慶の泣き所の秘密買出し紀行。 にてとりあげてもいる)


最終巻五月の下旬発売とのこと

現在は下記の13巻が最新巻である。
ヨコハマ買い出し紀行 13 (13)
芦奈野 ひとし / 講談社
ISBN : 4063211711
 
内容は はてなの記事 参照すると
舞台は、文明がほぼ滅びた近(?)未来。のんびりとした時が流れ、のちに”夕凪の時代”と呼ばれる時代。とある片田舎(神奈川県・三浦半島近辺)の西の岬で、小さな喫茶店を経営する主人公ロボット、アルファと、彼女を取り巻く人々との、穏やかな穏やかな物語。


ともかく三浦半島育ちの作者見た三浦半島の風景への未来的妄想が素晴らしい形に昇華した背景に繰り広げられる緩やかな展開と考える余白の多い、表に出ないSF設定ありの物語は、前例なきオリジナリティー溢れる作品。

ネタばれしない程度に、結末は主人公である歳をとらないアンドロイドの主人公のアルファー達アルファ型ロボットが時にふれあい、時に生活を共にする人々や界隈の成長や流転をみまもったその後が描いており、(その後は詳細は描いていないことである程度示唆できる)その認知の課程は、丁度対をなすことになる第一回と同じヨコハマへの買出しを筋に解る次第。
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ヨコハマ買い出し紀行 (14)
追記なお06年七月にこの作品と舞台観を同じくする小品「峠」が掲載される
そこでは、10年後が舞台で一人の少女が、もう存在が定かではない、カフェに向かい東国入りする内容である。
因みに07年に芦名野氏はアフタヌーンに新連載予定されている次第。
ちなみに過去に二期アニメになっておりDVDもありその第一期は傑作


手軽に世界観を知りたければ単行本数冊(1-4)を併せ持って見る事を推奨。
ヨコハマ買い出し紀行 1 (1)
ヨコハマ買い出し紀行 2 (2)
ヨコハマ買い出し紀行 3 (3)


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ヨコハマ買い出し紀行 4 (4)


因みに円海山的にはケクランの「燃える茂み」などやパットメセニーの緩やかなナンバーが聞こえてきそうな作品であり、その連載終止は誠に残念。さて皆様はこの作品にどのような音楽を感じるのかご意見コメント及びTBで拝聴も希望したい今日この頃。

Le buisson ardent・Sur les flots lointains
Charles Koechlin Leif Segerstam Rheinland-Pfalz Philharmonic / Marco Polo
ISBN : B00000463B
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by dr-enkaizan | 2006-02-28 02:18 | 書籍@コミック

電気用品安全法(PSE法)に対する署名

電気用品安全法(PSE法)に対する署名

リタイアしている間に・・・・懸念していた事態は悪化セリ・・・役人及び社会不信にならざる得ない・・・・。

国外CD規制の時みたいに「かの音楽愛好掲示板」でも騒ぎが起きないもはや非見識と危機意識の薄い烏合たちなのか?

事態は、世電子楽器のほかにビンテージオーディオなども中古しかない名機の購入は絶望になる危機にて候。

特にビンテージ管球物は「余裕で非合法品」扱いに・・・・・・規制の見直しと緩和事項の追加を勝ち取る必然はあり。たとえばかつて雑誌よく紹介されてた某宇野先生のマランツあたり機種を想起されたし、あれらの名機がたしかな筋での中古は買えないという事態を想起されたし。

一国の元首も音楽に造形が深いと申しながらも日本の音楽文化音響文化の危機に無頓着な次第甚だ滑稽。むしろその件で「誰も寝てはならない」してもらいたいような気が、要するに「あなた」はその程度の見識(*1)というお後がよろしいようで。

(*1)昨今音楽掲示板によくある非見識を棚に挙げた雑感投稿が聊か迷惑で不愉快な。勝ち組気取りの招待券層や演奏顎の程度の意・・・・・この手の層は配布雑誌有料化してもタダでセビル好意を平気で自慢をさらに「特定の職業層」を侮蔑的名称で蔑むす投稿を音楽掲示板でも名前をHNで借りているプッチーニ失礼なほど(笑)平気でする。古畑風にいえば「彼の失われたのは五月でなく手前の良識と羞恥心ということでしょう。」

偽りの格差と矛盾に満ちた勝ち組主義らの偽装に粉飾そして潜水艦的規制条項の変更と経済と政治のトレンドということには甚だ閉口。

「PSEマーク無しっ! ファックPSE!」
アキバはこの有様

現在DTM用の機材の一つ9821AP2用のマルチシンクが昇天中ゆえ中古購入を画策する円海山には死活問題。アダプタという手があるが入手困難(-へ-#) 

音楽制作としての具体的不安と嘆きがが解るAre You Synthesized ?さんの記事など参考にどうぞ。
PSE法について
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by dr-enkaizan | 2006-02-27 18:01 | つかの間の再開

ソビエト音楽への近未来の光景の考察

 ゆりかもめ氏ブログのチェリのタコ1でのコメントにロシア~ソビエトの音楽に偏在している「雰囲気」を巡り盛んに意見が交換されている。

 円海山も、ショスターコービッチやプロコフィエフならびにカバレフスキーあたりの音楽には、共産圏という先入観を差し引いても、あまりにも当時には無い「それ」を想起する音楽の風景画や独自のアイロニーを感じること然りな次第ここに告白。


とくに軍事的要素を妄想する瞬間としては・・・・・一例的には

 交響曲の四番の展開のフーガー始まる前に、打楽器のトレモロの下に、金管で半音階で上昇する和音がありその上に弦楽が反復するフレーズがなされる、テュッティーの箇所はまるでツンドラを裂いて現れるミサイルサイトのハッチから、噴射の煙が吹きだして、その中から大陸間弾道弾ミサイルが火炎を噴射して飛翔する風景を想起してしまう次第。



その他後にグロテスクに低音のフレーズの上に配置されるカッコウの動機はまるで、荒れ果てたツンドラの状況でありなん。

(注)さらに十番のスターリンを表現したとも異説あるスケルツオはその三度並行を多用したあたりや疾走間は、その後のミグ19対F86「セイバー」のドッグファイトか、はたま第二次大戦のロケット弾の騒音

 さらに戦争時の交響曲も言うに及ばす軍楽調やらしくグロテスクで非人間的な機械騒音と意味深な旋律音楽の交差にに満ちている次第でありなん。

驚くべきことにこれらが登場する前からの第一交響曲(注)にそれらの音響的萌芽があることである次第。
玉藻の前さんの至言のコメントにある
「壮年期以降の自分の人生につきまとう「闘争」、「体制との仮面をかぶった化かし合い」、を無意識のうちに顕現してしまったのでは…と感じられるのです。」
故のにて候

 これらの原因はショスターコービッチが幼児期に体験した、ロシア革命での近代的な内戦紛争の体験がかなりを占めている可能性も肯定否定の両諸氏に示唆しておきたい。

(注)尚当曲は西側にてはブルーノワルターが初演しており、当時のマーラー以後の新ウィーン及びウィーンの退廃音楽陣営の興味に留まっており具体的なマーラーとの最初の接点でもある。無論それ以前にマーラーの音楽やソビエト外の音楽が密かにソビエトの作曲家の間ではもたらされていたことは諸説あり、それもスターリンの粛清による文化封鎖の時を境に記録が定かで無い状態にあり、研究が望まれる。

 ちなみにプロコフィエフの古典交響曲は、軽く険悪な雰囲気が創作の背景(*)にあり。、むしろ当該するは第五や第六に第四当たり交響曲に同質の雰囲気がある次第。

一例は第六交響曲の展開部終わりの二つのホルンの交代によるBbの交代の音であり、爆発のあとの耳鳴りかはたまた、当時の無線やモールス(第7ピアノソナタでも散見される)の象徴らしくもあり、プロコのグロテスクな病理や機械文化への音響的興味を示している可能性がある。

注(*)プロコフィエフを教育した作曲家チェレプニン〔伊福部の師匠でも有名〕が、プロコフィエフにピアノ的な発想で作りすぎていて、その曲の形式フォームの勉強が足りないこと批判的に助言したのが契機で作られており、それに答えるべくして、プロコフィエフはピアノを使わず楽想を作成し、ハイドンをモデルとしたソナタ形式の古典的フォームを踏襲しつつも、氏への反抗ゆえに逆行的なカデンツによる意外な調性への転調や、未解決な不協和音程の和音の使用などの最後のあがきにより氏への「調性への信頼が揺らいでしまっていた(Schweizer_Musik氏指摘になる時代背景)」時代にこうした曲を書くことへの、別の意味での皮肉を混めている次第。

演奏上にその辺が強調するか否かで、曲の感慨がことさら変わる次第にて候。



追記:ストラヴィンスキーの「ピアノと管弦楽のためのムーブメント」を聞きながら書いていると、ストラヴィンスキーはその点では新古典~12音にいたってもロシアが抜けないんだと改めて感慨。ドデカフォニックの書法で書かれたムーブメントも鶯やペトルーシュカなどと共通の響きをもつような・・・・不思議さか?
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by dr-enkaizan | 2006-02-27 02:42 | つかの間の再開

元の深刻さと裏腹に・・・また笑わずに聞けなくなる一曲が・・・・

ドイツっぽく便意を伝えたい
ブラームス
交響曲の第一番の第一楽章主部を聞いて笑い転げる日が来るとは・・・・
恐るべし新世紀
なんという感動的なフラッシュだ。
<評>
 かつてチェリビダッケの来日のFMライブで第一楽章主部後半の提示部分から推移する部分で、突然始まる尿意を我慢して、エアチェック(しかもCHFの赤でのローバイアス)を敢行した「”請災”*1離陸」経験した僕にとっては、非常に世代的共感をもって迎えられると言えよう。(*1読み方と当て字が厨房的な表現)

本務たる課題(海)をよそに報告セリ。
ブラームス:交響曲第1番
ミュンシュ(シャルル) パリ管弦楽団 ブラームス / 東芝EMI
ISBN : B00005NDD5



熱血の代表か

ブラームス:交響曲第1番
ベーム(カール) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ブラームス / ユニバーサルクラシック
ISBN : B000CSUWHG

無骨で地味ながら感動的な結末


これを聞いて
イッヒ・フンバルト〔略〕
は・・・・一寸困った次第でもありなん。
のだめのネタのCDもでているゆえ
ある意味去年後半~今年初頭の「ブレーク」した交響曲ということに・・・・?。

出展ヤマイモ木から生えてくる観察ブログ
こちらに「2ちゃん」発での経緯が解る次第。

追伸:ロシア語版はニッポン放送に混信していた頃の中波のモスクワ放送風のショートディレーのかかる強出力気味の歪みを伴った音声でチャイコフスキーの四番の終楽章とかショスタコービッチの森の歌あたりで・・・・と妄想
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by dr-enkaizan | 2006-02-26 13:07 | つかの間の再開