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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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ぼっぼっ僕らは名盤探偵団

名盤探偵団

Syuzo's Weblogさんの紹介を発見
オーソドックスなHPながらも、そのデザインコンセプトがなつかしく面白い。
クリュイタンスパリ音楽院の日本ライヴのベルリオーズには思わず賛同。

今後の活動に注目せり。

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追伸:招き猫やこちらでもおなじみのストロング小林少年さんといい、こちらのk-shonen 氏といいみているもの聞いているの世代が近い。どうしてこの世代は面白い人が多いのか?(笑)そうだ・・・ブログでもてつわんこさんにゆりかもめさんも近いようだし・・一体?
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by dr-enkaizan | 2005-02-28 01:10 | 同胞発見?

アルクィユの年老いた新鋭作曲家の簡素な手段で達成される野望

エリック・サティー
 バレー音楽「パラード」

馬の装具で
 コラール
 連祷風フーガ
 もうひとつのコラール
 紙のフーガ
 
組みあわせられた三つの小品
 パンダグリュエルの幼年時代の夢想
 桃源郷の行進曲(しっかりした“軽やかな”あしどり)
 ガルガンチュアの遊戯(ポルカのコーナー)

交響的ドラマ「ソクラテス」~「ソクラテスの死」

マニュエル・ロザンタール指揮フランス国立管弦楽団

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カップリング:オーリックとフェブリエの4手ピアノによる「梨の形をした三つの小品」

ふとゆりかもめ氏のブログのサティー読み ふと思いこす、この曲の恐るべき名演奏。

かつて「日常に血液型」(笑)でない「純粋に音楽を没頭して語れた」頃の節度ある頃の「招き猫」で当曲がでると当方をはじめ皆でとりあげた録音に候。

晩年のサティーの周りにあつまった若き作曲家の一人にロザンタールも当該する次第。
それゆえにこの演奏の音盤は一般には「ピカデリー&ノスタルジー」で解決されがちなサティーの「簡素な書法」の裏で画策せんとした、周辺の同時代の書法に対する呼応への野心の意図を克明明示せる貴重な純正の表現を含む。

 たとえば代表作「パラード」のコラール
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とフーガのあとの、今後何度も現れる盛り上がりを導入する「行進」の始まる前のリズム的汎用をもつ主題での、その属性を決定する三拍子と二拍子のアクセントの処理が的確であることであり。
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(上記部分は後半の部分で打楽器は三拍子系のアクセントに二拍子の律動を三でサイクルする状況になり、パラードの興業の馬鹿騒ぎが絶好調になっている場面を盛り上げる、これと同様なことを、それ以前のストラヴィンスキーが春の祭典1913年での賢人行列の後半で管弦楽とギロのポリリズムで行っている)

 通常は「お祭り」の怪しげな大道芸の背景の現実音と目される音楽が実はその運動の再現において、サティーが同時代の知人のストラヴィンスキーやドビュッシーの同様なリズムエリクチュールを真に理解し共有していたことが判る。


このほか普通はタイプライターやピストルと象徴的具象に事欠くことなくそれゆえ暢気になる、アメリカの少女のラグタイムは、ロザンタールの演奏ではかなりテンポ早くコントラスト持たされ相当に力強く表現されている。

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 その前の何度現れる不協和音の効果も、かなり視覚的先鋭があり、なにか濃コクトーの欠くイラストの抽象性も想起してしまう次第で、当時のコクトーのモダニズムの周辺をふと思う
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 サティーはパラードの初演に立ち会えない結果になった病床の晩年のドビュッシーすら許さず、絶交の手紙を送った・・・それを読んだドビュッシーはベットの上で涙しながらただひたすら「謝って」いたのは有名な話・・・・・・サティーのこの音楽の思い入れは、それに含まれた創意がドビュッシーに見て貰いたいものだったゆえの落胆での転じての怒りであったと想像するのは容易いもの也。

ロザンタールの演奏にはノスタルジーのレトロな色あせたモダニズムではない、当時の先鋭の認知の衝撃を今なお新鮮に伝える物と所見さるるもの也。
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by dr-enkaizan | 2005-02-24 03:55 | 解説のない音盤紹介

ハイティンク祭-ショスタコービッチ交響曲第八番-

さてブログを始めてまもなく一年になり申す次第、ことに思うのはTBでのコラボレイトの楽しききとは掲示板のRESとも次元が異なることにて候。
最近ではてつわんこ氏とのショーソン周辺の件、ゆりかもめ氏とのハイティンクなどが顕著な例であり、今後ブログがどのような局面をもたらすのかはいろいろ興味がつきなき事也。

 さてそんな全前回のハイティンクのウォルトンのコメントにいただいたショスタコービッチについてのゆりかもめ氏の言及せし件では当方が当該せる音盤になるのが、当八番にとござ候。

 コンセルトヘボウに全部入れてほしい希望の感慨も一緒だったりするのもあるが、録音したデッカかハイティンクのあざといところで、コンドラシンの客演でオケがすでにトレーニングされた土壌を目論んでのショスタコービッチの適正をこのオケに見出しての起用のところも所見さるるところもあるのではともふと思い起こす次第。
 
 実にフィリップスのコンセルトヘボウのコンドラシンのライヴあたりをご拝聴召されると?皆様もその辺がふつふつと妄想せる事をお約束せるものなり。

 ハイティンクがオケの客演した指揮者の受容から巧妙な謎解きをしているといえば話は出来すぎだか・・・・非常に興味深い事実の連鎖でもありなん。

 ところで実はこの円海山のタイトルポートレイトは、このハイティンクの八番のデッカ国外初出でのLPジャケットが元ネタであることを此処にカミングする次第にて候

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現在はオーベンジョンでの再発のジャケは以下のとおり。

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 デッカの録音技術もありそれに答えるかのようなハイティンクの演奏の音楽克明な追従は、むしろこの曲の屈折した感覚と凶暴性をことさら浮き彫りにする次第だり、ムラヴィンスキーのフィリップス盤でのライヴと比較しても、そのレンジの広い表現は、この演奏のおおいに存在意義を主張する次第でありなん。


 たとえば長大な第一楽章の冒頭の極度にあふれる剛直な弦楽から、不穏なおおくの動きが沸き起こり、ときに滑稽だが異形の形すら感じるような、強烈な金管の軍楽行進そして打楽器の強烈なトレモロと後に続く嘆きのドラマが、かつてソ連勢のメロディアの録音などでは血気あふれる惨状を訴えるようなプロパガンダな乗りでの他人事のような、そんな空々しさに聞こえたものが、のワイドレンジの録音で、厭世的な感情すら抱かせる音楽として、心に実直に響くのはこの録音が始めてではとも思う次第。

 それ以前にある西側の録音プレピンのEMIでのそれはむしろスポーティーなモダンに変貌しており、ショスタコービッチにおけるマーラー的な厭世的側面がないような表情であり、これも拝聴すべき価値あるものながらも・・・・・。

 ことさら両者の違いはこの後の第三楽章にて明確になり、後者がただひたすらに早いアレグロを重視して、疾走して均等な音の容量を維持しようとするのに対して、ハイティンクはここにても器楽のアテギュレートを明確に表す適度の余地があるテンポで、その衝撃のコントラストを歪めることなく我々に提示する、それは常に動く分散和音的躍動がトロンボーンの時点でよいよ、戦争というより、それらの根源的な恐怖と衝動興奮へ聞き手を駆り立てるに十分な聴内視覚の刺激となって効果を挙げる。

 これは・・・・ある種の音楽的価値観をこの作曲者にもたらした記念碑的な音盤とも所見さるるものなり。

そしえてそれはこ全集の最後の録音の13番でも敢行されるものにて候。
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by dr-enkaizan | 2005-02-22 03:42 | 解説のない音盤紹介

夜のガスパール管弦楽版(1)序

 さて最近音盤の話題に少々乏しくなったパリ管弦楽団だが、新たに迎えたエッシェンバッハ氏を向かえ再び精力的に活動をし始めているのは周知の次第にて候。

 近代に後期ロマン主義に傾倒したレパートリゆえに、昨今の趣向の潮流の路線での大活躍に「パリ管弦楽団」の本来のコスモポリタンオケの意向がこの指揮者により始めて実現したような心持で、大いに期待できる半面、いまいちほかとは違う売りを考えた時には・・・・・。

 やはり同じくコスモポリタンな普遍性をもった楽曲のドビュッシーやラヴェルを演奏したどうなるのかという点も興味がふつふつ沸いてきた矢先に、今回の音盤の発売に思わず飛びついた次第でありなん。

 さて少々マイナーな(^^)「オンディーヌレーベル」より発売される当音盤はモーリスラヴェルの管弦楽で構成された純粋なラヴェルアルバムなれど、そのメインはマリウスコンスタンにより編曲された「夜のガスパール」に他ならないのは言うもでも無しであり、かつてマイナーで録音もされたり、FMのライヴでも流れた当編曲が一流の地元オケで聞けると言う幸せに我々は恵まれたのは確か。
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オリジナルのベルトランの歌詞も朗読されボーナスにバルドの弾くオリジナルのオンディーヌが収録され発売される。

カップリンクはクープランの墓 古風なメヌエット なき王女のためのパバーヌ 道化師の朝の歌とピアノ曲からラヴェルが自身で編曲する機会に恵まれたもの。

多少も問題はあれどパリ管弦楽団のフランス近代の再起動は歓迎の至りでござ候。

このコンスタンの編曲はラヴェルの編曲とは趣がことなり、ラヴェルのよくやった管弦楽への転換変容よりピアノの響きの増幅的な概念に立ち返っているやも知れぬところ多数存在、それは当アルバムには無いが・・鏡からの編曲の「海原の小船」のそれを想起していただければ思い浮かぶ次第にて候、しかしながら管弦楽的要素を当ピアノ曲が網羅していた証拠でもあり、その逆説にラヴェルの作品の偉大を知ることにもなるのやもといろいろ妄想を掻き立てることもあり。むしろ視覚的色彩ではなく・・・管弦楽の色彩すら拒むような白黒版画により想像を掻き立てる「幻想の色彩」を心象に感受目的とした心象の色彩の音楽であることと、コンスタンの編曲もその辺を弁えている節度のよさに意義があるとも所見さるる。


 いずれにしてもスコアなども立ち読みして聞く限りにいろいろ意識できるのが面白く、安定したオケ聞けることはことのほか貴重なことにて候。

さて皆様ご希望の機会あればオンディーヌから各曲での印象深き箇所など・・・。

今回の朗読でベルトランの詩を再び頭に浮かべたら・・・・水銀燈が
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by dr-enkaizan | 2005-02-21 04:36 | 解説のない音盤紹介

そんな募集は!!集してません(笑い)


スパム先生の新作

はじめまして。ゆかりっていいます。
セックスフレンドを募集してましたよね?
わたし、応募してもいいでしょうか?
えーと、彼氏はいるんですが、満足してなくて、
ぜひ、エッチ友達になってほしいです。
住んでる所、近いみたいなので、
まずはエッチの相性を確かめたいです。。
カンタンなプロフを書きますね。
さがらゆかり(本名です。漢字はまだ秘密 笑)、
24歳で、職業はテレホンオペレーターです。
スリーサイズは上から92・61・88で、胸はGカップです。
ちょっとアルビノっぽい感じなので、
日焼けしたギャル系が好みだったら、わたしダメかも。。
えーと、性癖として、実はMッ気があって。。。
彼氏とのエッチは、その辺でちょっと不満があるんです。
(中略)Mっ気のある女じゃない普通のセフレを募集してるのかな?
うーん、とりあえずお返事待ってますね☆


24歳で、職業はテレホンオペレーターてっ何よ?
92・61・88で、胸はGカップ・・・・・・・はぁ?如何しろと仰るのか
これは騙しより「ネタ」の波及を趣味にしている目的があるのでは思う今日この頃。

クラオタ的には「Mッ気があって。。。」というのはマーラー好きとか?(ぼかすか)
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by dr-enkaizan | 2005-02-19 12:34 | 雑文

注目「作曲を聴く」ことに慣れている人だといえる。

音楽と作曲

若き作曲家のmusikanalyse 氏の考える定義に共感と注目

 作品を作る事と「聴き取る」ことの能動的等価ともいえるこの発言は非常に説得力を持つものと所見いたす次第。
多くは語らずまずはご拝読の程。
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by dr-enkaizan | 2005-02-18 23:14 | クラシック

ペットが増えている

ペット、増えました@カルミナ仕様
cantotant様をはじめ代々木様あたりに住まいしペット、一瞬非対応になり、行く先が心配されたが・・・。
 今回種類も増えてパワーアップにて候。
さっそくcantotant様も増設の運びになった模様。

輪回しこねずみのロタちゃん
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カルミナの運命の輪とネズミの廻し車を捩るとは、相変わらず言語の博識とセンスには常に尊敬の念を抱きまする。

追伸;ペットシリーズこれにかのような対話リアクションでメイド・妹などが加われば完璧だと思う次第(ぼかすか)
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by dr-enkaizan | 2005-02-18 02:23 | 六国峠@盟友探訪

夜中のXenosaga THE ANIMATION

本来アニメでは削るところを・・・・夜食でふと目覚めてTVをつけると・・・・禿げ藁・・・寝れなくなった・・・・あっ・・・・件のシーンね。
素で考えると・・・・もはやSF大河というより・・・ある意味この辺ではSFならではの何でもありの設定を容認して荒唐無稽なパロディーやリスベクトをする「レットドワープ」化しているのが神・・スタートレックの休暇惑星やTNGでのリクライゼーションヴァーチャルシュミレーター物でも

斜にかまえて注目・・・作画についてはゲーム信者は怒る出来栄えだなぁ・・・・それはそれで別物として見るべし。

シオン!・・マィチングまちこ先生化が進んでいます 速やかに話を進めてください
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by dr-enkaizan | 2005-02-17 04:33 | 雑文

ウォルトン 交響曲第一番 ハイティンク フィルハーモニア

いろいろやりたい合間に(笑)いくつかハイティンク祭りに寄せて・・・・・・
最初にこの演奏家の特色の良さが十二分に発揮され、新たな曲の側面が見られる音盤に。

ウォルトンの交響曲第一番のこの録音が念頭に挙がる次第にて候。
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 当時のジャズの語法というか黒人音楽のリズム書法をいち早く察知したかのような、78対22風でシャッフルするリズムの上に、重厚で胆汁質に交響し咆哮しドラマがありそれらが壮大な流れを始めるところで終わる、第一楽章。最後に春の祭典張り変拍子的、アクセントのズレを固定拍子の中で記載された異様な最速のスケルッアンド、そもそもフランス六人組の七人目と影で囁かれた「若き作曲家」の作風の悪意に満ちた書法にての?第二楽章、フランス六人組の音楽やショスタコービッチらと同じ現代的書法流儀にいながらも、そこはかとないイギリス情緒に悲痛な不安と嘆き響きくサラバンド風な第三楽章、そして序奏付きの前奏曲とフーガをこれらの総合的な書法の上で展開する、少し「サンダーバード」の世代には懐かしい旋律と響きのある機知にあふれたフィナーレという概要の当曲であるが、ハイティンクはその見通しを完全に見据いる表現を敢行してくれるのが嬉しき次第。

たとえば一例挙げると第一楽章は根底に隠れた「件のリズムオスティナート」が次第に前面に現れ最後は重層化して壮絶なクライマックスを作り上げる筋書きにハイティンクは微妙に緩やかなテンポをとる反面、そのパートのアクセントを十分に考慮した器楽の鳴らしを実行して見事にそれを説得力ある機能を堪能させる。

 後半の再現部に当たるところでの重層化した基本リズムの背景に冒頭の旋律断片の萌芽が一つのつる草のように絡まる茨のような状態の確保部分での、その重層化してリズムパートの構成要素を演奏する時に、ホルンとテューバの徹底した注意の喚起と、弦楽の主要旋律の切れ込みは、適正な容量で表示されゴーダへの壮大な潮流まで一気に、当作曲者の月並みな言葉で表せる二律背反な「ブルックナーのような重厚さとストラヴィンスキーのような躍動」を失わない。

自作自演や初演者ボールトのパイレーベル録音などで十分だと思われた表現にさらなる深みが現れるのは、ひたすらハイティンクのおかげとも言えそうな次第とも所見さるる物也。
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by dr-enkaizan | 2005-02-16 23:53 | 解説のない音盤紹介

これは核心を突く問題提起

レコード芸術について

鎌倉・スイス日記
suisse.exblog.jpさんの記事

スイス亡命フルベンTB感謝する次第今後もよろしくオン願いまする。

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此処にも後半言及されている次第にて
パソコンおよびネットに対しての記事はちらりほらり見えているが・
本腰をあげないというのが現状と所見さるる。

 目の敵にしてしまい。当該雑誌にお世話になったところもある身分でもあり、申し訳ないが。問題は、最近の「ネットと対峙」するよう「濃い内容」の執筆陣の連載が目見張る体制があるとおもえば、ネットへの参入の不完全対応への免罪符のように「ネットでの著名人」をピックアップする、ネット系の記事を半端に紹介する姿勢には、本来コンテンツを作るべき者の怠慢すら感じ取れる次第。

 しかも間違ったような形容で、時々当該者に?対しての間違った肩書(*)きをつけているのは協力者への尊厳と理解に欠けるところもある。

(*)少なくともネット上で知りえる活動を全部紹介しているとは思えない次第

 それは当該者の希望や謙遜、あるいは別の事情がそうさせるのかは不明ながら。たとえば一度当雑誌で回を分けて紹介している、全般的な「深い趣向の音盤の趣味をもつ人物」を「二月号恒例のチョイスでの五枚」のコメントの肩書きに狭い巨匠の範囲での「何々コレクター」としてしまう、本来なら「HPの主催者とか家主」という紹介が最初にあるべきなのを、あえて何か素通りするように無視する「慇懃無礼」などはそのもっとも端的な事態である。 

 当該する方々に長らくネット上でお世話になった当方としては慇懃無礼以外のなにものでもなしなところがあるが、その辺のネット界隈の事情に疎い体制は今後の発展に致命的な懸案となることは確かな次第。

 もはや、実際にネット見て当該人物さんたちの活動を紹介してくれていないのは、本当に詳しく見ていないのでは?という疑問さえ浮かぶ次第でもある。

 いずれにしても、昨今の国内新譜にメジャー音盤新譜量の低下による記事数の減少に対し、紙面補充に「商業的価値の話題」「ネット言説に迎合」して行くかのような体制は企業の当然の努力の一つとして認めるが、本来大量の著作アーカイブを抱える出版社としての姿勢は?過去の膨大な音盤とその評論を言説たる姿勢で一貫して扱わないと、当雑誌の信頼は皆無なることも危惧されたし思いにて候、そのためには、法人や企業として範疇で他人の営利に有害にならない程度の按配でのネットでの評論データーベースを何らかの体制で作り、固定した情報の一例として、平均化するネット情報へ導入する姿勢こそ望まれる次第でありなん。

それこそがネットと出版のギブアンドテイクな関係での共存と尊厳が保たれる次第にて候。
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by dr-enkaizan | 2005-02-12 22:07 | クラシック