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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

カテゴリ:クラシック( 151 )

何を新年初聴きとしてみるか?

 さてプレートルの明確に違いがわかるニューイヤーに刺激をうけ、ここは一つフランス近代からロマン派の間のものが、無性に聞きたくなる次第で、さっそく思考をめぐらしてみる。

 なにかピアノと管弦楽ものをしかも、フォーレのバラードの路線で品位を保ちつつ、力強い表現をしめす、というような事で想起して、マスネーとその弟子のピエルネのピアノ協奏曲のアルバムがVOXにありそれが、NMLにも存在しており、それを新春の早起きにがてら聴き二度寝を敢行。
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CDX-5110 FRENCH PIANO CONCERTOS

 前者は第一楽章から九度の抜けるような爽やかな分散和音からとオケの対話、そして主部のスルルツアンドまで品位と豊穣の音色がちりばめられ、ラルゴの安息のコラールはまさに、その装飾段階にてフランスの高音重視のバスの軽妙さの美徳を一心に受け止めることが出来、一般的にフォーレの括りで語られる品位について、タイスで通俗にされているマスネーのそれ以外の作品まで拡げられることはなく、一般の聞き手は語らないあたりに、いかにフランス音楽をエスプリや人名で先入観や雰囲気で理解してきたことが解る次第にて候。
フィナーレは多少エキゾティクでありマスネーの異国趣味であり、弟子のドビュッシーのローマ大賞受賞作の「道楽息子」の参考になったのではというフォルムを多数含んでいる。
 そしてピエルネのそれも、丁度、友人にて同じ門下の同期ドビュッシー幻想曲と比べると幾分古めかしいビルトオーゾな楽曲の様相で、まるでサンサーンスや師匠の影響下にあるも、その力強さ才気そして時折でてくる旋法性あるメロディーラインはピエルネの個性の萌芽を垣間見る次第だが、後の作品の片鱗というより、非常に優等生的な出来栄えであり、その傷のないところが多少興奮を削がれるが・・・・今後多くのコンサートレパートリーなる聴き栄えは約束できる`次第にて候。


演奏はオケが多少荒いが、非常に健闘が伺われ未知よりの楽曲を斯様に聞かせること自体有り難い次第、

なお二枚目の内容も言及したいが本日はこれまで、さて・・・如何に。
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by dr-enkaizan | 2008-01-02 05:17 | クラシック

遂にデーリアスをミクが・・・・

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1327048

承前
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by dr-enkaizan | 2007-10-27 22:39 | クラシック

「樹海の木々」-三大バレー以外のストラヴィンスキー1982(3)

さて暫しの休止から(笑)再開
レコ芸1982からの三大バレー以外でのストラヴィンスキーのチョイスの件、今度は現代音楽の評論重鎮の船山隆氏の選定
交響的幻想曲「花火」
ブルレスク「狐」
バレエ「プルティネルラ」
バレエ「結婚」
バレエ「ミューズの神を率いるアポロ」
詩篇交響曲
バレエ「カルタ遊び」
エボニー協奏曲
バレエ「アゴン」
レクイエム・カンティクルス
ピアノソナタ嬰へ短調
日本の三つの叙情歌
交響詩「鶯の歌」
交響曲ハ調
カンテククルムサルクム
となる
氏曰くその作風の多様については・・・・

ストラヴィンスキーの六十年以上にわたる創作活動は、二十世紀音楽史の複雑な歩みを反映し、バロック時代や古典派やロマン派の時代には考えられないような激しい変化に満ちたものであり、(以下略)
とその実は作風の様式区分は困難であると帰結している。
そして三大バレーを
創作の樹海のなかで少しだけ突出した大木

とたとえ、しかしそれ以外の百曲以上も
ストラヴィンスキーの音楽の特質は見事に刻印され、いずれも見落とすことのない重要性をもっている。
と三大バレー以外の楽曲を定義つけている。

 確かにこれらの特徴はここでの選定では漏れた、最近「庭は夏の日ざかり」さんでレヴュー中の「バレーの情景」などの例をとっても、その新古典主義とアメリカの芸能(*)との接触などの、それらのストラヴィンスキーの置いた場所の時代の影響を感じさせるものであり、じつに区分しずらい、しかしその音楽は紛れもなく含まれる語法はストラヴィンスキーならではものであり。

ここにおいての船山氏の区分の困難という形容と非常に符合もする次第にて候。

*ブロードウェィの歌手にして劇場支配人メアリー・ローズの依頼によるレヴュー演目の劇中バレー

そして、今回の選定の視点を船山氏はこうも語る。
作品の芸術的価値よりも作曲家の創作過程を知るという視点から(以下略)

これはフランスバロック接近への興味による弦楽テクチュアの追求
のアポロや、ジャズバンドの独奏プレイヤーの即興性を再現してみたい興味本位の駆られた、エボニー協奏曲
そしてテクストによる禁欲的オスティナートや、その管弦楽の切り詰めた表現を見越した詩篇交響曲、これと同様ながら、テクストによるさらなる異質のフェルメノンを示す日本の三つ叙情歌(*)など円海山にもそれが何らかの創作的過程の変遷を考察さるるものでありなん。

さらに締めくくりに船山氏は
三大バレー作品しか知らない読者諸氏がいるとすれば、例えば最晩年の「レクイエム」のこの上ない清楚で美しい鐘の音楽に耳を傾けることをお勧めしたい。
と文面を締めくくっている次第にて候。

さて次回もつづく。

追伸ストラヴィンスキーの演奏にん「夏の日ざかりさん」の言っている
承前>、「作曲家ストラヴィンスキー」の様式を的確に捉えて、その変遷を大袈裟なくらいわかりやすく伝えようとしているみたいです。

の件は、船山氏のそれと何らかのシンクロを感じるので是非ご一読を。
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by dr-enkaizan | 2007-09-10 00:55 | クラシック

同業者の見解「テクストの呪縛」-三大バレー以外のストラヴィンスキー1982(2)

さて当エントリーに早速反応があり非常に有り難い次第にて候。
さて前述の1982年のレコ芸の特集の三大バレー以外のストラヴィンスキーの名曲今回は諸井誠氏の出番、因みに氏は同号でブルックナーの特集では、ブルックナーの交響曲第八番の紙面の続く限りの壮絶な分析も行っており、こちらでは幾分控えめな記事になったのが残念だが、この号の前後でストラヴィンスキーのペトルーシュカの版の問題を、その版ごとの編曲意図の本質から説明、非常に適切に行っており、譜面の記載方法から違う点など、耳に依存しない歴然たる違いを論じており、その論説の高さは昨今の聞こえでの指摘でわかった気になる、幼稚な説明で紙面を割くものなど及ばない次第にて候。
 そしてそれらを使い氏は、明白にストラヴィンスキーの使用している版は1947であり、表記ミスであることを指摘してもいる。

 またCBSソニーが企画した廉価二枚組みオブニマスLPセットでの「それがストラヴィンスキーだ!」での自作自演の幾つかの三大バレー以外のチョイスも氏によるもので後日それも言及したいが今回は1982レコでのそんな氏が選んだものを上げると・・・・・・。
兵士の物語全曲「ナレーション入り)
バレー「プルチネルラ」(声楽入り全曲)
バレー「結婚」
オラトリオ「エディプス王」
詩篇交響曲
三楽章の交響曲
オペラ「道楽者なりゆき」
バレー「アゴン」
エレニアの哀歌による「トレニ」
テレビのためのバレー「洪水」
ピアノとオーケストラのためカプリッチョ
メロドラマ「ベルセフォーヌ」
古いイギリスの歌詞によるカンターター
であり、氏曰く、
多くの純粋器楽の 曲がごっそり抜けおち、さらに詩篇を例外に1930年代の作品が抜けているのは、
自身のストラヴィンスキー感が強烈に表われた


と明言し、親切にその時点作品コメント付きで言及さえもしている次第であり。
それは
ブランデンブルグ協奏曲を捩った
ダンバートン・オークス(1938)



ネオバロック風のヴァイオリン協奏曲(1931)(*)


などであり、そのコメントからじつに石田氏の言及と似通っているような「ポーズ」という言及の変わりに、出てくる用語は
「テクスト」
であり、氏の区分する「様式論」では三楽章の交響曲以外は、粗筋のテクストをもったり、テクスト朗唱が根幹にもなり、時に歌詞が歌われるように、何らかテクストと関わりをもつ点に着目しており、氏が推理するには、ストラヴィンスキーが声楽家の父親の家に生まれ育ったことなどに起因しているのではと締めくくっている。

さて次回は現代音楽の評論重鎮船山隆氏の引用をそしてこれらの中で、誰も入れていないものを円海山的選定にて締めくくる予定にて候。
暫し待たれよ。
(*)当曲やエボニー協奏曲は件の廉価には選定されている。
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by dr-enkaizan | 2007-08-28 00:29 | クラシック

松村禎三氏追悼

 松村禎三氏についてはもう既に作品評価に活躍については多くのブログが述べているが次第でこちらが語るのは蛇足と認識。

 円海山的には人一人挟んだ縁の可能性もあった人物であり、その方には、80年代に好意としてその松村氏の評価する人物に作曲を講う紹介もされたが、当時の学業の多忙により、独学を選び、実現に至らなかった等がある次第。

 その方の証言では松村氏は当時のコンクールでは入選特選作品より、個性的作品があり、それらが賞与になされないことを深く嘆いていたと言う次第。

もっと耳を傾けるでき言説と作品群今後の日本を変える可能性のある資産の再評価を望みつつ、追悼。

暁の歌に前奏曲に交響曲をみなして聞くべし
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by dr-enkaizan | 2007-08-14 18:05 | クラシック

鎌倉スイス先生の夏の日に祭りのニーストレムに寄せて。

涼を求めて (1) ニーストレムの交響作品三作を聞く…


交響曲第3番「海」シンフォニア・デル・マーレ

交響曲第4番, 第6番

北氷洋
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by dr-enkaizan | 2007-07-25 01:25 | クラシック

追悼羽田健太郎氏

承前

世代的には谷山浩子のキャニオンでの最初のシングルでのピアノソロにはじまり、その後うアニメで、裏方としてすぎやまこういちの「イデオン」でのサントラでハードセッション、そしてムーの白鯨(*) 西部警察に、革命的なフュージョンクラシックのマクロスのサントラと、ピアニストというより作曲家の経歴を認知している世代でありなん、そして、コンサートやピアノを弾くことある機会にドビュッシーの曲を紹介したり、題名のない音楽会での20世紀の名曲で、参考から漏れた「招き猫でのプロコスレッドを見たのか」、なぜかその時は感情的にプロコフィエフを「ある意味では二流」と一括する選考の池辺氏にそれとなしに嗜めて、諸々の先行に漏れた近代曲にフォローを入れたりした見識と器量の広さなどが思い出され、リアルではあることからいくことになった、ピアノ+トーク演奏会での客層を見越し、駄洒落や、名曲に自作のTV主題曲そして弦楽など交えて、多少演奏は犠牲になったが、音楽の楽しみを身近にしてった啓蒙的な活躍の片鱗に共感を覚えた次第。

最近の題名の無いは多少な氏にとっても不本意と想像されるな、背景がらみ覆いにガラコンサートに成り下がってたが、しかしさらなる音楽の普及を目指し、独自の企画も押し通しており、その内容の回毎の格差は激しかったが、最後までそんな音楽の門徒を拡げんとした姿勢に敬礼し、ご冥福を祈る次第にて御座候。

(*)アニメに局所的にせよ、フォークロワにフュージョン。アフロビートにクラシックと多様な音楽様式のサントラの一部の楽曲に奇跡や深遠や苦悩の要素描写で、シベリウスの交響曲の第7番や6番の旋法的和声や刺繍するハーフディミニッシュ擬似終止や、全音音階のテイストを持ち込んだのは当時としては破格な事態と今後評価がなされるべきだが、多くのサントラ評論がフランス近代や北欧音楽への造形からの羽田の「ムーの白鯨」の評価がなされないのは大いに不服であり今後当アニメのサントラの再評価がなされるべきであり、その後のマクロスでの開花するアニメ・サントラ作品群の萌芽でもあるゆえに、さらなる全貌をリリース願いたい。(やたらブログで追悼に飛びつく人に提言:本気で追悼したい人は買うべき音盤)
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by dr-enkaizan | 2007-06-04 21:17 | クラシック

フィンランド音楽の仔細への救世主・・・・あらたなる本格ブログ参入

管理人の独り言1
スオミ・フィンランドの音楽&民族文化様
最近NMLで容易に聞けるフィンランド近代現代の音楽の情報整理にしびれまくっているのは、鎌倉スイス先生との北欧音楽のレビューネタ応酬にて周知通り、しかしこの5月に出現セル上記ブログの登場により、情報の助っ人出現での新たなる局面を迎える次第にて候。

 なおsuomesta 氏の界隈の反応をみるとそれの筋の人物らしきことはわかる次第だか、この際、本宅の場所が知りたい次第にて候。

suomesta様へ
当該TB先にコメント欄がありませんので、こちらに
ほかの記事にするのは恐れ多いのでこちらにTB致しました。

なお、大変に専門的な知識をお持ちなのは解りますが、あちこちで見かける貴澱のコメントでの関連情報「事実関係の誤謬指摘と明示」は、さきに鎌倉スイス先生での挨拶で言及した趣旨での、コミュニケーションツールの要素あるブログとして、時にブログ主の体面と心障をご考慮して微妙で、詳細で長き渡りそうなときは、鍵コメントもしくはTBの方が有効な時があります旨、老婆心ながら思いでは、ありますが!しかしながら、貴殿の活動ブログにおいて、その情報の偉大さに大いに首を垂れて、期待し、そして勉強させてもらいます。
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by dr-enkaizan | 2007-05-09 23:40 | クラシック

なんだって!!ラヴェルはドビュツシーのノクチュルヌを一度は全曲編曲していた?

鎌倉スイス先生の情報にて叱咤もとい知ったサイト(この記事を承前のこと)での
ドビュッシーのページでのノクチュルヌの版を調べるとなんと、ラヴェルの二台ピアノ版そこに奇妙な記述があり、本来現行では第三曲の海の精は割愛されており、それをもどかしく思ったゾルテンコチシュが編曲したものが出版されちるが、ここではラヴェル編曲とされている。

 一瞬苦笑 まあそんなもんだと思い、中身をみると純粋なParis: E. Fromont, 1909, plate E. 3005 F. でありラヴェルの編曲の表記がある次第。
もしかすると初版編曲譜面にはあって重版時に割愛したということか・・・・・・ 謎が深まる。

かりに捏造としても出版譜面を通し番号にして表記をコラする騙し甲斐はない・・・・・・・・

これはしかし秀逸な編曲であり・・・・さて真意はいかに?
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by dr-enkaizan | 2007-05-04 16:20 | クラシック

ドビュッシーの最近発見された譜面「序曲ダイアナ」がwikiにある件

作曲の学生たちに。楽譜のことなら…
に早速飛びつく

そこでドビュツシーの初期の発見作品の譜面などもあり仰天・・・・これは紛失したローマ留学作品の森のダイアナとは別の初期の作品といわれているが・・・・作風は選ばし乙女や道楽息子のそれにて候、嘗て2002年頃にアリオンからノエル・リーほかの演奏ででた初期稀少作品を含む四手ピアノ曲集に収録されていたそれ・・・。
恐るべしオンデマインド・・・。
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by dr-enkaizan | 2007-05-04 00:43 | クラシック