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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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カテゴリ:フォーレ@歌曲( 1 )

薔薇「ラ フランス」への音楽的妄想

初夏まで、実家の薔薇「ラ フランス」がご機嫌に咲きまくっていたのでその手の話しを。
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 1867年にフランスのギョーがモダンローズのオールドハイブリッド ティー(HT)として「ラ フランス」(高芯、四季咲き性、ティー(紅茶のような)の香りが特長)を作出した時と言われ、丁度フランス近代音楽での、近代から現代音楽への扉を開いたとされる、ドビュッシーの誕生から5年後、その書法への影響をもたらした潜在的な先駆者エリック・サティー誕生から1年後、そしてさらにスコラカントルムから友人デュカスの誕生1年前、ドビュッシーの影響下から出現、次第に力強く辛辣な瞑想ある音楽を確立するルーセルの誕生2年前という頃の出来事で、丁度他の文化的背景はフランスでヴァンフィルにル・コント・ド・リルの高踏派やボードレーヌにマラルメらの象徴主義の文作詩作が出現しはじめる直前の次期であり、(その13年後ぐらい)又詩人でドビュッシーの友人ピエールルイスとラファエル前派のロセッティーの「ダンテの「神曲」のサイドストーリ」なアンソロジーで、さらに「萌え萌え自作絵キャラ付き詩作品」でもある「選ばれし乙女」をテクストにしたドビュッシーの代表作となった、ローマ留学報告作品のカンタータの出版の際の表紙を書いたドニの誕生はその3年後、エクトール・ギマールは同じ年に生まれいる次第で、このバラはこれらの文化的潮流の高まりの中で、ともに重なる次期に普及していったとも思われ、もしかすると・・・この品種も数々のその頃の芸術家たちの想像力を影ながら、この薫り高きサテンピンクのバラも、刺激していたのかもしれない。

 さらに興味深いのは、このバラの品種の血統はハイブリッドパーペチュアル(コウシンバラ、ガリカ、ダマスク、センティフォリアの雑種)とティーローズ(ロサキネシズ=コウシンバラとロザギカンティアとの交雑)とのかけ合わせで生まれたバラでもあり、フランスあたりの緯度では「温室」での栽培も必要と思われ、その点でも高踏派での愛と性の象徴に使用しはじめて以来、象徴派に及ぶ「陽」の要素で愛して使用する題材の「温室」「庭園植物」「園芸」なども符合してくるものでもある。まあこの品種に限らずとも、温室の花々での「バラ」と「百合は」その時代の芸術の好んで使用された題材でもあるのは言うまでもない。
 
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 例えばメーテールリンクの「温室」はショーソンが歌曲集に、「ペレアスとメリザンド」では第三幕でのメリザンドの「闇の中にバラが見えるの」のから、地下から出た「ペレアス」の「露がついたバラ」の香りを味わい胸然となるあたりに始まりそれらはフォーレ、ドビュッシーにシベリウスそしてシェーンベルクらにより音楽表現の題材へ、さらにヴェルレーヌを世に出し、プルーストを心酔せしめたフォーレの歌曲には「イステファーンの薔薇」に始まり「薔薇」「消え難し香り」「ラオールの薔薇」そして「イブの歌」での「燃える薔薇」「白い薔薇の香りに包まれて」と薔薇使われるテクストを使用したものが代表している事が多い。
ペレアスとメリザンド(フォーレ
夢のあとに/フランス歌曲集
フォーレ:歌曲集

イスファハンのばら(フランス歌曲集<

 丁度緯度の低い日本に渡り温室は不用になり、堂々と外で植栽される機会が増し、当時のハイソな方々の庭や銀行などの店舗前の「諸々のアプローチ」を堂々と飾り、戦前から高度成長期頃の世間の印象では「御屋敷バラ」として庭を飾っている花の代表だったことも、日本の年配方々には衆知の事と言えよう。(宇野調)この写真の薔薇もそんな銀行からの御下がりで、ここが気に入ったらしく気まぐれに満開に花をつけ、昔の石鹸のような香りを門構で漂わしてくれる。

 個人的興味による余談だが。作者がそれらの背景を潜在的に受け継いだかのような世代と思われるローティーン向けの小説の「マリア様が見ている」などにも、温室に薔薇そして百合に乙女と象徴的要素が盛りこまれており、丁度戦後の文化とカトリックの女学院の趣味性の根源との関連も指摘できるようなところもあるが、それはいずれの機会に。

マリア様がみてる
今野 緒雪 / 集英社


ごきげんよう・・・・よんで味噌
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by dr-enkaizan | 2004-08-07 20:38 | フォーレ@歌曲