ブログトップ

六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

市民メディア以前に、会社として、編集部としての体をなしていなかった。

承前
注意 但し、承前の記事はネットにありがちなアンチのある二つの事項では何かに属している見解ではあるゆえそれはオミッド了承した上で。
 ネットはいまだ草の根時代からの、精神的にへその緒が、取れていないのかもしれない。
しかし俄然商業ベースという点では、あまりに草の根個人裁量による内容は脆弱で視野は余りに狭窄的である次第にて候。

 当該オオマイのマイは蒙昧から来ているのでは思うこと暫しであった次第(汗)

 時勢柄の不謹慎や権利他が侵害して、問題ある、それを提言ではなく恥を掻かされたと逆に切れたり、指摘が電波で迷惑ようなタームで掲示板が荒れ、個人的な前述の問題でブログが炎上もする事例を何度も見てきている*はずなのに、?
いまだに無尽蔵の水脈若しくは、金脈として、インフラやシステムを安易に作ろうとするものが後を絶たない、のは?、余りにネットの人口が、序列や区分けを平均化しようとする概念で蔓延し過ぎたゆえと所見さるる。
*参考-おかさんの20世紀ウラクラシックより

 あくまでも平均化している中での文字媒体のコミュニケーションでは、本来、相手の危険指摘も、友好を見せかけた下心も、等価の情報として捕らえるが、それを人間の感情が付いていけない現象があり、このようなリスクの多い素材を、適当に編集して利益へという流れこそ、ガイドラインやヘッドラインの定規若しくは桝目の点から荒唐無稽へ転じやすいのは一目瞭然にてござ候。

 個人的にそれらの最大限配慮も回避措置を得たうえでの、批難の意図ではない提言喚起意図のオピニオン記事なら、此処みたいにブログで、一個人の異見として書くに越したことはないが、思わず苦言した、一般の交友の一コマの記念写真に、好意の履き違い大凡品位の低い、卑下した表現で注記をいれてはしゃぐ、ボランティアなのか、業務なのか不明ながら、なにか祭事の役割ある人間のあの様とかは、個人的には当然荒れた文面にもなる。また卑下をする人間の立場では大凡、その役割を満たしていないように、取られかねない表層のリスクヘッジを公然とするのか、そのスィーツな考えを誰も疑問に思わないのか、むしろ興をそぐ観点から、これではないそれ以前にあった例では異見はスルーする、若しくは擁護して非道徳をよしとするセクトなケースも見受けられる、むしろその点では個人で同様の題材で、オピニオン的な記事を書く人たちのほうが?些細な内容から真摯に受け止めて下さっており、此方が恐縮するほどである、このように平均化した中でも、歴然としたグループや立場のほうが何かと、立場の意義の自負ゆえか尊大ではある感慨を持たざる得ない。
 しかし共通の禁則フォーマッドも忘れるべからずでもあり、立場に関わらず媒体と素材の関係*を配慮した行動は必要不可欠であるとも所見せるもの似てござ候。

落としどころは父権的な男の子の恥ずかしい(笑)たとえで、ある程度の知る人物間での未閉鎖状態の社会窓を指摘して、それを受け止め閉める人間と、耳を貸さないでそのまま無視して人間、どちらの、業が深いのかというあたりか。女の子で言えばはブ○紐だか見せ○ラのケースがあり例えが難しい・・てっww・・・・・これが本との品位のない例えの見本か・・それ以前になに違う領域話が・・・さらに進化してあたってんじゃなくて当てているなら神・・・以下略。

*炎上のリンク先に同様の記述ある同好の身内同士で「キャッキャウフフ」はしたい、やや高アンテナ、高リテラシーな層はTw○t○e○とかのお話。
[PR]
by dr-enkaizan | 2009-05-09 14:07 | 雑文
<< 作曲家田中公平氏のブログにて よいよ来週は溜息に入るのか?.... >>