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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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Netherlands Radio 4 フルネ追悼第二夜 幻想交響曲

少し早く目が覚め、少し途中から、最初は寝ぼけて記憶が曖昧orz・・・・・。
さてここの住人常連の何人かに宿題にしているww、シュミッドのサロメの悲劇は、の各位の反応を楽しみとして、円海山的にはなぜかドビュッシーのおもちゃ箱を越えて、今年初頭からなぜか遭遇機会おおい幻想交響曲に注目が行く。注目すべきは多数あるが、その重心の安定したテンポで、多少晩年体力の衰えが見えるも、しかし、その緻密な歪のない整数直線的な、ワイドレンジを持つ面持ちは?かつて、前回取り上げたレコ芸当該号でアンゲルブレシュトの演奏に与えられた優椀と洗練が当てはまる次第、奇しくもアンゲルブレシュトが、フルネを見出したのは、ラジオ放送された、彼の演奏するドビュッシー「ペレアスとメリザンド」であり、そして同曲の日本初演を委ねた次第であり、そのフルネが今度は記録としてインターネットラジオで我々を魅了しているのは奇遇でありなん。

 話を戻し、当該曲の終楽章のフーガから後半のサバトにいたるプロセスは、多くがそのベルリオーズの管弦楽の音色的創意での革新効果的面のみが強調され、狂乱のプロセスに勝り勝ちだか、 フルネにおいて、明らかに純音楽として、音色の階層としての秩序正しい順当な推移を与えられている、これはライヴにおいてさらに明らかになり、メーカのセッションでの録音では、多少デンオンは?それを強い音を捉える意識ゆえ弱音が捕らえ損なってたことを、痛感させられ、もしメージャーレーベルが・・と考えると、日本でこの指揮者の晩年の活躍以前に評判を確保できたであろうとも想像され。その不遇と半面リテラシー的な物事に事の評価が左右されているのはどこでも付きまとうのは確かであり、真実は遠いが、何とか近づきたい次第。
次回はルーセルの初期の大作で、インド旅行の成果ともいえる「エボカシオン」他放送されるが、さてあの曲にどれだけの浅い人々がついてい行けるか高みの見物。所有セルピアノスコア思い出して・・・・・実際プラッソンのEMIで予習必携やも。あっやべ・・・遅刻する・・・。
承後おかかさん いつもありがとう。
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by dr-enkaizan | 2009-02-10 07:30 | クラシック
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