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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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ウォルトン:交響曲第1番/パルティータ(イングリッシュ・ノーザン・フィルハーモニア

ウォルトン:交響曲第1番/パルティータ(イングリッシュ・ノーザン・フィルハーモニア/ダニエル)
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さてNMLにて再発見した名演奏があり、何故これを無視していたのかと子一時間。

 幾分コンパクトにオンマイクに残響か集中した録音であるが、当演奏家の木管を弦楽の絶妙なバランスをもって、リズムのギミックを浮き彫りにしており、管弦楽の咆哮とオケのスペクタクルに、幾分甘さを抑えて感傷的に注目が行く本作品に別の光明を与える次第にて候。


 昨今の録音では以前取り上げた、ベルナルト・ハイティンクのテンポをインテンポそして緩やかに、しかし克明に音の事象を追いかける名盤が、記憶に新しいが、「悪意の交響曲」と囁かれる辛辣な表現と意識すると、自作自演にボールトの演奏にある、リズムのギミックが幾分犠牲になり、それらが幾分後退しており、第二楽章でのストラヴィンスキーの春の祭典の影響になる、同一拍子での不規則なアクセントによるスケルツオ、そして黒人音楽からとられたリズムか根底にある、第一楽章のシャッフルするリズムなどが飽くまでもオケの体裁を壊さない程度効果で表われているが、
 これらの全てがかなりエッジが鋭く捉えられているのが当ダニエルにの指揮による演奏でありなん。

 さらに曲の随所に現れるトレモロや打楽器そして幾分ダブりがちな、管弦楽を、演奏法(スルポンテイlチェロなど)アテギュレートをかなり明確に追従させて刈り込んだ表現のコントラスト生み出し、断片的に出現するフレーズの反復するパートの歌いこみにも余念を感じさせず、さらに全体構成の時間的配置される節の区切りをリタルダンドおよびアチェランドにて明確にし(*)、結果ドラマティクにて、かなり筋肉質でスポーティーなものへ変貌させている次第であり、これは自作やボールトの名演奏の概念の延長線上にての、本来忘れ去れていた、もう一つのこの曲の姿を再び見せてくれる次第でありなん。

NMLでなくともリアルに買うこと推奨。

(*)仔細は曲第一楽章8:11以後の木管のアティギュレートや、その後に弦楽のオスティナートやアルペジオ、と金管のクレッシェンド応酬から、リズムと歌が躍動して、クライマックスに至る10:57の手際の良さをご拝聴。12:11以後の、息の長いリフレーンに、今様に言えばシャッフルするブラックコンテンポラリーのようなシンコペイトのリズムを弦楽が応酬し、金管の加わる音の整理は鮮やかであり、これも最高の聞き所
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by dr-enkaizan | 2007-07-10 01:11 | 解説のない音盤紹介
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