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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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ゲーザ・アンダとヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン バルトーク

 最近一周年を迎えた、音盤好事の方々らはパレーの音盤などの、その書籍に復刻の解説等で「神」同然の、
s_numabe氏のブログ私たちは20世紀に生まれた の記事内容に円海山的の音盤鑑賞経験や趣向と非常にクロスオーバしうる情報が多く、目が離せない次第。
  それはこちらが主幹に扱う内容と、共通るところも多い、ロシア・ソビエト音楽にフランス近代の音盤に文化周辺などの秘話にはじまりパレーの音盤・書籍など多彩であり、非常に濃い情報に支えられた記述であり、80年代の販売音盤の事象の仔細ナ感慨と反応の記述生々しさは、当時のリアルタイムで少ない資金で音盤を集めていた頃を生々しく思い起こされる。


 さて今回にこれがこれほどに、注目されるのは、初めてではないかという
音盤が紹介されている。
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バルトーク: ピアノ協奏曲 第3番
シューマン: 交響曲 第4番
ゲーザ・アンダ=ピアノ、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン
Deutsche Grammophon 447 666-
1972年の8/13でのザルツブルクのライヴ(ステレオ録音)であり

カラヤンのバルトークはオーケストラの為の協奏曲と弦楽器・打楽器・チェレスタの為の音楽は正規録音での音盤になるが?なぜかコンサートで取り上げるピアノ協奏曲第三番は音盤になっておらず、今回のライヴは正規リリースでは初めてであり、このあとの80年代の手兵ベルリンフィルとのルネ・デュシャーブルの音源も名演奏であるが、現在正規リリースがなされていない次第である。

 そして当音盤も、限定の上に、カラヤン好きとバルトーク好きの共通層が少ないうえにシューマンの四番好きも相乗して、発売後世間から瞬く間に消え去って、人々の忘却に消え去り、現在中古で安値という憂目を受けている。

 おりしも、当音盤発売の時期はインターネット前夜であり、ニフティーのコミュニティーという選民閉鎖的な情報交換のみがパソコン通信の情報交換の主幹で、雑誌も余りこれを取り上げて折らす、国内リリースも企画されないという状況であり、仕方ない状況であり、インターネット普及後も「クラシック招き猫」にても話題にしてもあまり盛り上がらない惨状であり、かなり珍妙な次期の狭間の知られざる名盤と相成り申す次第にて候。
その内容は氏の言葉を引用すると
「これは凄い顔ぶれ、カラヤン=ドレスデンの共演とは、この音楽祭ならではの珍しい聴きものだ」とその通り、円海山がバルトークのピアノ協奏曲第三番の推薦を考慮する時に必ず屈指する一つにある音盤であり、さらに今回は主幹でないシューマンの交響曲第四番も、ベルリンのものよりテンポ・ダイナミックスにおいて起伏が激しく幅広い表現が聞け、多少無骨なオケを神経質にドライヴしている作為的印象もあるが、しかし個々のパートのオケが応じようとする熱意による音彩は、すばらしきものであり、ある意味カラヤンの演奏史上では一つの良い演奏成果としての特異点を示す。

 話をバルトークへ戻し、そもそも、これ以前にバルトークは第二協奏曲にてフリッチャイとの競演でアンダでザルツブルクに登場したような旨が、ライナーにあるが、目ざといカラヤンは、事実関係は不明ながら、用意周到に競演機会を伺っていたのような、年月と自己鍛錬を望んだではないかというような感が、当演奏には成果があり、フリッチャイとの競演のステレオ音盤でも聞けるアンダの明確な表現に、カラヤンがさらに流麗を増して呼応するように、オケパートへの徹底した歌部分のレガートの効果的部分への徹底指示(*)や、バルトークの書法における対位法的線の明瞭さに、第一楽章の副次主題提示再現などのの推移に目られる、ポルタメントの速度按配(*多少注意して拝聴)などに代表される演奏効果の徹底、アーキュレイトなど、カラヤンの音楽美学とバルトークの晩年の書法の親和性の可能性を、恐ろしいほど感じる次第にて候。


(*)端的に解る部分は、第二楽章の夜想曲的なアダージョでの導入の弦楽のカノン交じりのコラールで、一瞬頭に乱れのある部分(2:18)などで、おそらくバトンに由来するレガート拘りに、やはり不慣れな客演先のオケが破綻をきたしている瞬間がある





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怪人:ザルツブルゲン仮面って・・・・
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by dr-enkaizan | 2007-06-17 15:17 | 解説のない音盤紹介
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