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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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追悼羽田健太郎氏

承前

世代的には谷山浩子のキャニオンでの最初のシングルでのピアノソロにはじまり、その後うアニメで、裏方としてすぎやまこういちの「イデオン」でのサントラでハードセッション、そしてムーの白鯨(*) 西部警察に、革命的なフュージョンクラシックのマクロスのサントラと、ピアニストというより作曲家の経歴を認知している世代でありなん、そして、コンサートやピアノを弾くことある機会にドビュッシーの曲を紹介したり、題名のない音楽会での20世紀の名曲で、参考から漏れた「招き猫でのプロコスレッドを見たのか」、なぜかその時は感情的にプロコフィエフを「ある意味では二流」と一括する選考の池辺氏にそれとなしに嗜めて、諸々の先行に漏れた近代曲にフォローを入れたりした見識と器量の広さなどが思い出され、リアルではあることからいくことになった、ピアノ+トーク演奏会での客層を見越し、駄洒落や、名曲に自作のTV主題曲そして弦楽など交えて、多少演奏は犠牲になったが、音楽の楽しみを身近にしてった啓蒙的な活躍の片鱗に共感を覚えた次第。

最近の題名の無いは多少な氏にとっても不本意と想像されるな、背景がらみ覆いにガラコンサートに成り下がってたが、しかしさらなる音楽の普及を目指し、独自の企画も押し通しており、その内容の回毎の格差は激しかったが、最後までそんな音楽の門徒を拡げんとした姿勢に敬礼し、ご冥福を祈る次第にて御座候。

(*)アニメに局所的にせよ、フォークロワにフュージョン。アフロビートにクラシックと多様な音楽様式のサントラの一部の楽曲に奇跡や深遠や苦悩の要素描写で、シベリウスの交響曲の第7番や6番の旋法的和声や刺繍するハーフディミニッシュ擬似終止や、全音音階のテイストを持ち込んだのは当時としては破格な事態と今後評価がなされるべきだが、多くのサントラ評論がフランス近代や北欧音楽への造形からの羽田の「ムーの白鯨」の評価がなされないのは大いに不服であり今後当アニメのサントラの再評価がなされるべきであり、その後のマクロスでの開花するアニメ・サントラ作品群の萌芽でもあるゆえに、さらなる全貌をリリース願いたい。(やたらブログで追悼に飛びつく人に提言:本気で追悼したい人は買うべき音盤)
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by dr-enkaizan | 2007-06-04 21:17 | クラシック
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