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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

ペトルーシュカのロシア舞曲に似ているを納得しちゃっている(笑)、香具師へ、これを聞いてるか?

さて、またこの件で話題が沸騰しそうなので牽制と誘導を
残り少ない無料MNLの野クソの方々での○めラーナ方々へ。

しかし最近はアニメの演出と台本そして声優の演技がこなれて来た・・・・・正直中の「ぺヤング嬢」*
演ずるの、の○めがカワイ面白い、それはその40分後、アリプロジェクトのポスト上野耕治調の退廃系音楽を背景に、ゴスロリ服f+ティアラの扮装でチェーソーを振ります人外の姫を演じるとは信じられない。

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BIS-CD-725 アルヴェーン:3つのスウェーデン狂詩曲
ALFVEN: Three Swedish Rhapsodies

さて曲の内容は

 白夜の夜の祭りへ向かう若者達のフォークダンスの行列に始まり、そして宴もたけなわ
喧嘩が始まり、一部のカップルはそこから抜け駆け、白夜でしっぽりそして、朝になり、祭りは一同の舞曲で盛り上がり終わる。

 問題は最初の部分の古謡が元の陽気な、音程跳躍が、冨田勲の今日の料理と酷似するというより、当時のこの曲の認知度合いとしては、フォーマルなメロディーモデルとして念頭にあったと推測されるメロディーのポルカから、幾分の色彩的管弦楽を駆使しての、描写的もりあがり、中間部の叙情的部分へ、さらに最後はヨーロピアントラッドな舞曲で盛り上がる、見事な北欧情緒を最大公約に描写した楽曲な次第。

 さて当曲は嘗ては非常にポピュラーであり、同じ北欧フィンランドのシベリウスのフィンランディア同様な、スウェーデンを代表する一般名曲であり申して、オーマンディやドラティーなどがそのオブニマスのレパートリーの常連としており、コンサートの定番小品だったが。
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昨今のマーラー・ブルックナーそしてフランス近代にオペラ周辺、はては?好事家気取れそうな資料と音盤入手に手間がかかる北欧音楽と。バブル期に一気にクラ界の趣味性が多様化の波に押され、かなりの通俗的名曲がその役割を終えて、忘れ去られていると同様の、浅はかな俄か者達での忘却領域に残念ながら入っている次第でありなん、・・・それ以前は件の「今日の料理」の事例よろしく、多くのオブ二マスに含まれる楽曲当時黎明のTV音楽の受容で製作側の要求で、似通ったメロティーという状況で想定しうるフォーマルなモデル(*)になっていたことがそれを物語る次第でありなん。

 (*)これ以外にも冨田氏の音楽に近代音楽がフォーマルなモデルになっていることが多い、これは氏の専攻した音楽美学歴史の広範囲の知識の賜物であり、当時としてはかなりのレアな楽曲をフォーマルなモデルにしていることが観察される。
 一例はキャプテンウルトラのオープニングアバンタイトルのBGMは当時は現代音楽の領域だったかもしれないプロコフィエフの遺作「石の花」の一部の音楽が、管弦楽のフォーマルモデルと思える酷似であり、マイティー・ジャックのQの暗躍の音楽はファリャの「恋は魔術師」のカンデラスの洞窟の音楽が酷似しており、ジャングル大帝での動物達の集いはレスピーギの四度累積和音のフォルムである。

 実際、てつわんこさんでのトピックのコメント氏の言うとおり、曲の扱いには名誉を傷つける問題はなく限りなく主人公の超絶で繊細なる異能変態振りの見事な描写の位置づけらでの使用であるが。(関係者間での連絡などの表記は心配さるが)

 これらの前例をしることなく、件原作の作者周辺の個人的なもしくは内輪受けなる蒙昧なネタを、真に受けて、当曲の存在知らずに、態々譜例などをのせて、ペトルーシュカのフレーズがこうなるのは無理な飛躍無理やり同意するは、その人間の曲目掌握致命的欠損を自ら曝す悲劇を招き、ある意味原作者の不名誉な傷を広げる行為と診断さるるゆえに、ペトルーシュカとのフュージョンは一つの飛躍として留意したうえで、今一度各位論説を期待されたし。

なお当曲とペトルーシュカも縁浅からぬは別の点で指摘できそうであり、フォーマルな管弦楽のモデルには同時代を生きたストラヴィンスキーの影響が随所ある点も忘れてはいけないのだが、それは当該曲みなさまご拝聴の程。

演奏のヤルヴィは多くの好事者から真面目すぎるといわれているが、近代ロシア・ソビエトの管弦楽と通じるアプローチもあり、BIsの録音での高い水準としてNMLでの拝聴では推奨しておきたい次第。

追記 毎年夏になるとこの曲何かと出してくる鎌倉スイス先生の2009年の記事此処に学ぶべきは流行に流されない本質的価値や審美眼とはどこになるのかを知るべきであり、音楽の根源の機構を知る人感慨の一例として、多くを此処から模範にすることが多いのは確かというあたり。今様の俄かが?躍起になって流行事象の自己研究や開陳をすることもある意味刺激的であるが・・・その安易たるや以下略。
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by dr-enkaizan | 2007-05-11 01:34 | 解説のない音盤紹介
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