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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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Nコンと何度連呼されたのだろうか?合唱三昧

 NHKFM 本日は合唱コンクール三昧という、合唱部員経験者という特定ターゲッド層を狙いにした企画で一日コンクール絡みのリクエストで構成しており、かなり日本現代の機会なければ聞けない楽曲の範疇でもあり、その合間に語られる青春の思い出や、なにか切ないような話などもリクエスト者にゲストから飛び出て、おり時に大野氏のショスタコの「森の歌」学生オケ臨時成立伝説などの貴重なエピソード聞けたが・・・、それら利点を踏まえて気になるのは、HNKの主宰コンクールがらみはなしに出来ず、当然は「斯様にナルと」思えたが、それ以上に投稿者の話と称して自画自賛的なコンクールの意義と、継続そして新規内容の特徴(ゴスペラース作の課題曲が音域を変えて二度流されるなど)の提示など少々放送局の自己宣伝企画に成り下がっている点が非常に鼻につき始めた次第にて候。

 音源もコンクールの音源を利用すれば安価にでき、関係者も70回を超えるそれには多いのは当然でポジティヴな反響も期待できるのは確か。

 しかし第三者の耳には、歌うことの素晴らしさ云々はそれぞれの楽曲へ思い入れの吐露には共感できても、公共放送でコンクールで負けた勝ったが連呼されていることに、自己の音楽修練切磋琢磨のコンクールの意義より、他校との勝ち負けや本選だなんだとコンクールの地位での成果が思いれの意見にしかならないような話もありで、その音楽行為の捉え方の偏向もあり一筋縄で楽しめるものでなくなってきたゆえに、ラジオから退散。

 おまけに論説者の著明落語家と局アナ嬢もsこの状況になんの疑問も感じずに、進行を進めているは製作者側の圧力なのかとも邪推さるる次第にて候。

昨今電波の使用に命令云々で特定の内容でのプロパガンダを強制使用とする向きもあるが、そのいれものを最初からあつらえるならいざ知らず、現行のプログラムを捻じ曲げてまで本来の友好目的をねじまげてまですることには大いに異を唱えたいが、今回のFMのような放送独自性を自画自賛を取り混ぜたようなリスクヘッジを考えない剣呑な企画を大々的に流してるあたりに、それらの体制の批判の餌食になり今後放送方針の体制自体に悪い影響を及ぼさないか非常に心配にてここに一石意見する次第にて候。

 確かに珍しい日本現代音楽宝庫であるのは解るが・・海外コンサートや特定作曲家の例と違い、自己主宰のNコンを連呼されるは・・聞き手の自由を阻害して、これらの愚考が浮き彫りのようにあらわしうる電波の個人趣味と公平のバランスの問題を考えていただきたい。
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by dr-enkaizan | 2007-05-03 18:29 | クラシック
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