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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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ヴィラ=ロボス:ショーロス第8番, 第9番

なんという時代に生きてしまったのと思わせる次第・・・・いや、実にこの音盤をNMLのリストから見つけた際は二重のショックの顚末を思い知っった次第にて候。
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8.555241 ヴィラ=ロボス:ショーロス第8番, 第9番
Villa-Lobos: Chôros Nos. 8 & 9
VILLA-LOBOS: Choros, Nos. 8 and 9


 当音盤はナクソスの姉妹レーベルのマルコポーロ盤の移行販売新譜であり、既に後者を玳瑁を叩いて(大袈裟な)購入している身としては、ナクソスの廉価移行で一回そしてNMLでの配信に二回の衝撃という訳であり、なんともいかんしがたい。
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さて演奏家のケネス・シャーマホンはバーンスタインの弟子柄身の上ゆえに、アメリカ音楽をナクソス・マルコポーロでの北~南米大陸の作曲家の担当の録音を多く輩出し、当題材の作曲家にてはバッキアーナ・ブラジレイラスの決定的名演奏当レーベルにこのしており、その一部はここにても紹介寸評をトピックしているが、その録音の直後に惜しくも、死亡している次第にて候。

 音盤はそれ以前の前哨的位置づけにあり、香港フィルの無個性に感じる性格から、見事にヴィラ=ロボスのえがいた、フランス近代音楽語法的な中南米の音彩を描ききっている、それゆえに全曲のうちの管弦楽のでてくる番号をさらに録音を進めて欲しかったのは、氏の逝去により望めなくなった残念な次第。

 さて八番はギロのパルスのような刻みに、コントラファゴット様の低音楽器から始まり、様々な器楽が各々勝手にラテン的リフ(短いフレーズ)にてから見合って収束すsることを拒否しつつ、動機の抑揚により打楽器を加えての衝撃的音楽の一瞬を提示しつつ進んでゆく奇特で野性味溢れる楽曲にて候。

 そして九番は、怒涛の咆哮する管弦楽で、勢いあるシンコペートのラテンアメリカ風の旋律から始まり、一端静まると情熱的なカンタービレそして、第に密林の奥に入り込むような川口博か藤岡弘探検隊のような禍々しさでであうかのような、奇妙な情景や、生き物に出会う、エピソードを郷愁ある旋律と緩くリズミックな伴奏そしてラテン的和声や管弦楽的メティエが交差してゆき、後半の1600:付近からの美しいラテン的な密林の旋律導入され、ラテンリズムの緩やかな背景による行列のような情景が進められ、(17:00からの蛙のようなアフタービートがご愛嬌)
そして、祷りか儀式のような厳かでジャングルの神秘のようなオケのクライマックスそして冒頭の旋律が回帰展開して堂々たる和音で終る。


 なおその旋律のシンコペートゆえに冨田勲の手塚アニメに付随した「ジャングル大帝」の音楽を彷彿させるところもあり、ご拝聴推奨の音楽にて候。

 ここにおいても鎌倉スイス先生が先行している当作曲家においてNMLの気軽の聞ける利点が生かされており・・・・今後のクラ鑑賞の多様化も期待したいが・・・往来の名作曲家が何故これらの中で埋もれずに残ったのかを考えずに、仔細の事例者の作品を判断軸の明確な無しに無批判に「良い・悪い」で賞賛し続けずに、専門的概念と分析の心をもって向き合わなければ、膨大なレパートリーの単なる道楽以前の、聞き手に成り下がり世間の嫌悪の対象になりやしないか、心配昨今も脳裏によぎる次第にて候。

 ある意味昨今の状況こそ異常であり、は単なる「入物が増えた状況」での事態であり、我々は精緻な職人芸やブランド品の信頼とバリューそして、道端の装飾品販売を含むまでの範囲での、良し悪しを選別が、おおむねの限りで、こちらに委ねられたに過ぎないことを、自責の心をもって勤めないと行けないのかもしれない、自分の為のブログなれど、それが誰かの為になるやもしれない向上心はもっても損はないとも思う次第皆様如何也や?

 おそらく某事例の落としどころはこの辺にあると推測される。

 その辺が今後の「クソラー」を嫌悪の対象にさせない課題かもしれないが?各位了承されたし。
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by dr-enkaizan | 2007-04-21 16:17 | 解説のない音盤紹介
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