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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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プリクラースナ(愉快&痛快)にて奇奇怪怪ロジェストベンスキーのプロコフィエフ交響曲全集+アルファー-1-

ロジェストベンスキーのプロコフィエフ交響曲全集+アルファー(序)

さて前年~今年にかけてのプロコフィエフ愛好家にっとて至福の時が続いているのは周知の通りな次第、コンドラシンのスキタイ組曲他そして20周年カンターターそしてテスタメントから復刻されしラインズドルフの交響曲2・3・5・6の録音、そして頂点を極めるめるのは、夏の終わりに全曲再発かなったロジェストベンスキーのモスクワ放送響の交響曲全集であるのは誰も異存はないと固く信じたい次第にて候。
その内容は、LP時代の1962-68年のステレオでの画期的な録音であり、一度国内でメロディアの音源にて日本ヴィクターにて全曲CD化されそのごすぐに廃盤になり、今度はBMGから外盤で1-4までが管弦楽曲をそえて発売され、続編を期待するも中断となった顚末ゆえに、幻扱いの交響曲全曲に加えプロコフィエフ:
・ヴァイオリン協奏曲第1番 ダヴィド・オイストラフ(vn)
・『ロメオとジュリエット』第2組曲
 モスクワ放送交響楽団/セルゲイ・プロコフィエフ(指揮)
 録音:1938年[モノラル]
というプロコフィエフの自作自演に ヴィクトリア・ポストニコワのピアノを迎え
1983-87年[デジタル]録音のピアノ協奏曲全集がつく豪華なものとして変貌している、しかしそれらの価値は認めつつも少々落ち着きが足りない躁状態な交響曲第五番や全体のテープ劣化は多少認められるのが残念な点もあるが、それを補ってあまるところが今回の付随した音源にあり、この作曲家ピーターと狼以外の器楽の側面を知るにはバイブルというべき価値を具有する次第。

今回は序として手始めに、この全集の印象を代表するとする部分をここに提示する次第、

まあ円海山的にはピアノ協奏曲第二番の第二楽章を拝聴することを強く推奨。

多くの演奏がピアノの機械的な律動に、管弦楽が控えめな表情をつける流麗な傾向がスタンダードであり、レイホビッツ&マルコムフレージャのRCA録音のようにそれが絶妙なニュアンスで成立していることを考えると?・・・それは適正あるとも考えられる次第だが、しかしプロコフィエフの音楽としては、その音楽的書法は既に頭角を表しているのに関わらず、ラフマニノフ調のヴィルトオーゾの印象も否めない違和感長らく感じていたが、この演奏では管弦楽の控え目が、気まぐれにとっとかわり、ピアノと拮抗する様相を呈しており、まさに中間部での上向音形での弱音期を付けた金管とピアノの短い対話や、ピアノのアルペジオ的はや走句に付点で答える弦楽そして気まぐれなフレーズを宛てる木管などが、プロコ印が実は用意されていることをて、的確に示しており、まさにプリクラースナ(愉快&痛快)にして奇奇怪怪な感慨を抱かせる。

これはあとにつづくグロテスクな行進曲にも適応されるが、この第二楽章の成果は正に他を圧倒する次第にて候。(づつく)
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by dr-enkaizan | 2006-12-03 23:35 | クラシック
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