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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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ボヘミアのトゥーレの弔鐘

さて世間では弔いと反省が巡るも、喧騒なれど?
多忙ななか興味深いきかくは・・てつわんこ氏の鐘を題材にした曲シリーズ。


弔いは 行為が陳腐に思えるように鐘の音で

 黛敏郎が「カンパノロジー」でその音響学的背理をもって完全即物に器楽や音楽語法の媒体にする以前も、鐘の不正倍音的音色は、音楽家の刺激を与え、単体でも人々に様々なる思いを与えていたのは、紛れもない事象にて候。

その点ではモーリス・ラヴェルのその一人、鐘自体で題名が出る曲は、1905年のピアノによる組曲「鏡」の「鐘の谷」 四手ピアノの「音による風景」での「鐘のなる中で」 音の象徴が現れるものには、夜のガスパール(1907)での「絞首台」での一定に鳴らされる音形はテクストの忠実な追従によるが、ラヴェルのこだわりが感じられる、鐘と直接ではないが、鐘と同じく複素数以外の複雑な倍音や基本周波数に複合音を持つ金属打楽器や既成の器楽の組み合わせも絶妙であり、ラヴェルと鐘の関係は多くのこれ以外の指摘が成されるのは確かにて候。

そしてそれらの音響的興味を決定付けるかの様にラヴェルの最初に発表した歌曲の「恋に死せる王女のためのバラード」も、そのピアノ伴奏に多くの鐘を象徴する音響事象に遭遇する次第。
(テクストはローラン・ド・マレ)
曲は冒頭にガスパールの絞首台の先駆のリズムで・・短調和音に増音程はいったハーフディミッシュの和音な空虚さで鐘がならされ、そこに高音域と低音の鏡像反進行の組み合わせで、古代旋法風のアルカイックフレーズが現れその上に、同じくアルカイックなメロディーで「ボヘミアに一人の女王がおりましたと」はじまり、トゥーレー王の妹の王女の美しい素性が歌われ、端々に前奏の鏡像の旋律が合いの手的に暫し節ごとに挟まれ、そしてその前に「さすらいの吟遊詩人」が現れ、彼女に告白し双方我をわすれ恋に墜ちる様まで鐘と合いの手は続き、突然中断して合いの手のメロディーが並行和音で力強く奏され、その動機を基にしたメロディーで「抜ける白さの美貌の女王が あまりにも優しい詩人を愛した故に 程なく、彼女の白き魂は星の彼方へ昇天しました」と歌われる、此処においても低音に鏡像的な進行があり耽美的、おそらくテクストには直接表現はないが「身分の違う恋の悲劇」を想像させる内容であり、此処では多少の旋律に短調と音程跳躍を与え、多少両端のアルカイックで古めかしい書法と対比を与えており、後年のマ・メールロワそしてピアノ三重奏の第三楽章を多少彷彿する短い瞬間でもある。

そして再び力強い合いの手のメロディー、そしてアルカイックな主部が復帰してメロディーが歌う「ボヘミアの大きな鐘もトゥーレの小さい鐘も至高の讃歌を奏で」を表現するが如し、和音の上下交代に、違うサイクルで不協和な音程で鳴らされる和音や低音などで多くのならされる、弔いの哀れみの鐘々を表現する、そして元の一つの鐘に沈着し曲は終る。
ラヴェル歌曲全集
オムニバス(クラシック) ベルガンサ(テレサ) トゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団 ラヴェル プラッソン(ミシェル) ボールドウィン(ダルトン) バキエ(ガブリエル) / 東芝EMI
ISBN : B00005GJS1

 この題名はラヴェル著明なるピアノ曲に酷似しており、余りに影になる習作扱がら、鐘とラヴェルそして中世アルカイックへの憧れなどが顕著に現れた作品として注目すべき曲とも所見さるる次第。
(なおこの曲と著明なるアレはある音組織に酷似あり・・・・後日談という裏設定をトンデモ力説してみたい衝動に駆られる)
さらにラヴェルは晩年に幻想文学による歌劇「沈鐘」計画するも病気により果たせない夢となる、同名作を後年、また鐘を効果的に使っているレスピーギが歌劇にしており、これも数奇なもの。


追伸・

弔いと言う事象それすなわち

鐘の音の如し心持なる哀れみ也
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by dr-enkaizan | 2006-08-18 00:34 | 解説のない音盤紹介
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