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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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新疆舞曲---ブーランジェ女史の弟子の音楽のヌーベル・シノワ

次の納涼企画は辛口中華と格闘という「庭は夏の日ざかり」さんへ

その中華ねたから丁善徳の新疆舞曲を開陳!!
Chinese Orchestral Music
Gang Chen Shan-de Ding Research Composer Hu-guang Xin Yellow River Composers' Committee Orchestr Slo / Marco Polo
ISBN : B000024OK1

Ding Shandeこと丁善徳 (1911~1995)は作曲家ならびに指揮者ピアニスト。
1935年上海国立音楽院ピアノ系卒業後上海、天津、北京でソロコンサートを開き。
その前後にデュカス(ロジェ)などと交流があった話もあるが作曲の勉強は1947年から1949にかけて パリ音楽院でアルチュール・オネゲルにナディア・ブーランジェ作曲を学ぶ、帰国後、
上海音楽学院の教授となり多くの後進の育成ならびに音楽組織オルガナイズに勤める。

面白いのは多くの中国の作曲者は一般にソ連の弟子と思われがちだが、それは20年代以後生まれで、あちらのこの世代はフランス・ロシアからの研鑽が根本にある次第。
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彼は抗日活動の日本文化の影響をリセットした共産圏中国において、近代ヨーロッパの作曲技法と中国の民族音楽の結合を目論み、師譲りの近代的洗練された和声と多彩な管弦楽を駆使して、黎明期の文革前の中国で作品を送り続けた。
中でも《交響曲「長征」》(1962)は多くの好事家が中国版ショスタコーヴィッチのレニングラードと比喩さるる傑作。

 日本でも多くの演奏回記録と録音音盤があるが、現在それは復刻はなされてるかは定かでない。

 さらに後述のピアノ曲の新疆舞曲の編曲(1958)もあり、ある意味ロシアフランス近代系列に傾倒していた同時代人の伊福部昭に通じるが、それより洗練卓越している、その手腕確かさは、独学の伊福部に対してフランス式エリクチュールのメソード確かさを感じる次第でありうるが、若干個性が没しているところも否めないが、過不足ない見識の音楽は質感の心地よさとして飽きが来ないも。次第でありなん。

 ピアノ曲の春之旅(1945)新疆舞曲(1950)児童組曲(1953)
中国のピアノ曲の古典的作品と世評があ瑠次第で似て候

 文革時代は厳しい迫害を受け、その後の開放の後は前衛として無調やスクリュアビン的音楽へ傾倒
六つの前奏曲などはその代表格である。

 今回の新疆舞曲は前述の通りピアノ曲からの編曲であり、構成は第一と第二の二曲からその編曲は「新疆地区の民族舞曲」の打楽器と歌と言う特性から・・おそらくモーリス・ラヴェルのボレロ(第二)や、バルトークの15の農民歌(第一)などがアイデアのモデルになったような、リズム上に単純な民謡メロディの交差と反復を様々なテクチュアと管弦楽の音色の推移や、節の変奏推移によって曲は構成される。

 第一は最初ファゴットと低音弦のピッチカートに導かれた短い歌の繰り返しがなされそれが、一定のテンポで第に様々な和音やリズムパターを変えて変奏される、そして中間部で緩みその節が朗唱調に変奏され情緒的になるが、再び冒頭が復帰して管弦楽の総奏で終わる。

 その和音付けの特異さはバルトークの15の農民歌の古謡変奏の影響を感じられ後年のピアノ曲の傾向を予見するものでもあり、見事な中国語法とヨーロッパ近代の癒合を示している。

 そして第二は、日本の演歌ありがちな一定のリズムが一定演奏され、その中華的楽天ぶりなメロティーとラヴェルのボレロ風なメロディーが現れ導入される中間の暴力的部分のの対比がありそして楽天的メロディーが管弦楽の見事な幅を広げて華麗に終わる次第で、ラヴェルのボレロを参考にしながらも、見事な付かず離れずぶりを披露するのは大変興味深いしだいであり、前例深井四郎のジャワの歌声と比較すると、巧みにラヴェルの模倣になるのは避けつつも、新疆風ののボレロに似たメロディーをそこに持っていっき、並行和音や、金属が打楽器の彩り(ポリトナールは真似ていない)大胆に沿うような展開を中間部に山を作りもって行く創意は大変野心的な共感を呼び起こす。

さてマルコポーロで入手可能だが・・ナクソスこのさいキボンヌ。
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by dr-enkaizan | 2006-08-04 01:05 | 解説のない音盤紹介
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