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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

drenkaizan.exblog.jp

散開命令 クラッシク招き猫休止後になすべき事。

もう周知通りになる次第だが

クラッシク招き猫がよいよその目的を達成して次世代に役割を譲り休止を行うと、主宰の甲斐氏が明言なさった。

 しかし円海山的にはその恩義は感謝しても、この顚末を敢えて残念ととは捕らえない次第

 なお その感慨歴史そして思いでは、過日ブログにトピック連作を不定期にすることをお約束するが。

 まず今現在当板を利用していた皆様に告げたいのは、投稿サイトの管理のモチベーションと責任は個人の神経を切磋してこそ成り立つものであり、管理人の考える掲示板としてのバランスで全てが成りたつことを留意すべしであったことにて候。

 たとえばそのつど自分の都合から、好きな演奏家に対するネガティヴな意見や、スレッドを統合されて猛烈に抗議した輩などは本来は論外である、対処はかつてより寛大で寛容になったが・・・・その心理的負担と、それに対する旧来の投稿者達の離反や落胆も計り知れなかったのは確かなのである 

 ともかく、掲示板はノンセクト・ラディカルであり、投稿者は知識より知性を、激情や愛情より恩情がのぞまれる次第にて候。

 できうるなら今の投稿者諸君は、ただ嘆くよりは、「この縁を繋ぐべく」 己でせめてブログをさらにWEB立ち上げることを推奨する、そしてその管理人のサイト管理の何百分の一にも満たない労力を偲んでいただきたいのと、己でコミュニケーションを歩んでみて欲しい次第にて候。

 掲示板という人の庭で無責任に暴れズに、街頭に立って暴れてみることを期待すル次第。

以上ドクター円海山@熊蔵

参考
神戸阪神地域芸術文化情報エキサイトでご縁ある、最近の猫の人たちでの円海山的盟友
てつわんこ氏の知性的興味による調査を根幹に展開する、芸術文化その他知識の博覧的ブログ。
その秀逸な収集と機知に富んだ未知の興味へのコメントも魅力的。

さてみなさまも独自の展開を期待する次第。


追記:なんか久し振りのムードメーカが猫に登場の模様。
毎度に楽しく良い意味であきれつつも・・・あれが全てではないが?一部の古参の言いたい最近の若輩への一言でもあり実を捕らえてるのが感激。

 やはりネットは人の感性以上に、必要以上に人を喋らせる、斯様な情報や知識を得やすいのが問題であり・・・・・その人の知性の限界以上の影法師たる文字列が掲示板に羅列されるのではと診断さるる。


最近糸井重里が公言した
ブログ時代は「いかに言わないか」が大切
のに符合するのでは?(鋭いぜ!!けんさん)これはブログ時代でなくても、掲示板の投稿者のありがちな行動の変化にあも当てはまると愚考し、それの問題点は音楽聴くことが第一なのにいつの間にか掲示板に投稿することに成り代わっている次第で、行動派音楽を感じることではなくなり、言説や知識の単なる埋め合わせを必至になっている的外れさに支配サレ気味の傾向があり、これは全ての掲示板投稿のターム(*#)になっていたきらいもあり・・・。

多少ネット人口がまだ限られた秀逸志でネットに繰り出た黎明期は稀なる、知性感性の人間選び足しだ情報の新鮮さがあったものが、(*)近年のネット普及により、人口も増加それが単なる知識思い違えた時点でその新鮮さを掲示板は失った可能性があるのかもしれない。

追記(*#)自らも多少当てはまる、個人的な経験も含めて考察すると?その
好からぬタームは?これはあくまでもリアルでの交流が少ない時例に限定するが・・・。
 最初に自分の言説にRESが出た時点で、その得られた知識とコミュニケーションに感動と快楽が得られ、それが得られる投稿すること自体が目的になる。

 次に更なる快楽を得ようとセンがために、自らもその羨望の対象に近づかん趣で、ネット交わされたり、コンサートでの放送プログラムで俄かに得られた「用語などの体感ナキ知識」を未消化で振り回す事態に陥り、さらにそれらの不足を経験及び印象批判などで補い掲示板中のあらゆるスレッドに内容があるようで、複雑な引用と状況見聞、面識無き気覚えの人物名などの提示に多少の印象的批評言説が組み合わされた、空虚なRES及び言説投稿で出現する状態に発展する。

 因みにこれは罪悪ではなくプロの評論にもよくあるゆえ、テクニックの一つだが、知識の羅列はあっても、そのレブライとの区別なく書く書き手の知性を示すものと等価ではないとも愚考さるるし、また知性と知識を逆にしても又然りでもあらんとも思われる次第にて候。

 これは匿名では稀にしか起きないがコテハン掲示板で起きやすいのは、そのコテハンならではの、必携の礼儀である、固定HN宛ての辞令めいたやり取りが、投稿者自身の気持ちを尊大にさせる要因とも感じさ、おもにその心理根幹にトラブルも発生しているように所見される、この辺の心理の推移をさらに掘り下げると、今後のネット掲示板への管理&投稿へのセオリーノウハウの見い出しになる可能性があるゆえ、某所なりブログなりでの議論展開を各位に期待したい。



 まあこれらは全般的投稿者の末期的症状でもあり、ある意味、自分自身もこれは当該しており、掲示板という媒体に円海山は個人的に魅力感じなくなってきた要因であったことを白状する。
(*)鎌倉のネット知○(Wいいフレーズだ)と御講評の円海山は除くが、黎明期のネットの中からアンゲルブレシュトやブルックナーの譜面のコアな問題がたち表れたり、現代音楽の討議や、日々変わる評論などが交わされていたことは、非常にシンパシーを感じたチンパンジー状態(笑)になったものにて候。
 それらの製作者と情報や意見の交換をなされることに、狂喜して狂気な文章を投稿してまったのも確か。これも後日回顧予定

兎も角感動を表現する前の己の知識の量ではない、知性を得てからが大切というお話にて候(不達成なる円海山は、文字公害にてすでに論外ながら(W  )
さてもう少し様子をみて・・登場はするかしないか?

さて我と同じスレッド殺し系なムードメーカーな古参にみならい、単なる引用を。

発表しないものこそが「僕」で、
発表したものは「みんなの僕」なんですよ。
ARTIFACT@ハテナ系 - 糸井重里氏のブログへの視線あたりから、
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by dr-enkaizan | 2006-06-26 22:16 | クラシック
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