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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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春祭クロニクル(2)続ゲルギエフ「先進的感性」

前回は演奏上の不備を指摘したゲルギエフの演奏だが・・しかしながら今日類例が少ない発見のこの演奏に累々と潜むのも確かにて候。
ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》/スクリャービン:交響曲第4番 作品54《法悦の詩》
ゲルギエフ(ワレリー) ストラヴィンスキー キーロフ歌劇場管弦楽団 スクリャービン / ユニバーサルクラシック
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 多くの評論はロシアを引き合いにするが・・・ここでの注目すべき点は、そのスコアを舞台装置として見立てたかのような、立体もしくは、空間を偽象的に想起させるような解釈が非常に先進的な感性により成り立っている次第である。

先に例えるなら、これはソビエトの軍事兵器に良くあったことだが・・・・装甲を斜めにして兆弾性能をたかめた戦車T-34や近年のMIG-25の合理的(ベレンコ事件で材質や製造に無理を生じていたことが暴露された)造形しかり、設計概念がいきなり近未来なるもので現るようなことと通じる次第。

ここではストラヴィンスキーによって書かれた。幾つかのオスティナートと旋律を交差重層させたスコアのデュナミークやアクセントを音楽律動としてではなく、モンタージュ手法的な舞台背景変遷のような感覚で扱っているかのようなところが散見さるる。

顕著なところは春のロンドの主部のソステヌート・ぺザンテの件での幾つかの管弦楽のテクチュアが重層していく(*)あたり

最初は第一泊以後が裏にアクセントがつく旋律を趣向するかすかな兆しを与えられた上向きおの、並行五度の低音オスティナートが、バスクラリネットと弦のピッチカートで演奏され、それのの上に、234泊目での対比する純正なリズムをきざむ、弦楽もしくはホルンの未解決の音程を並行された和音が、これまた此方は明確な完全な旋律へ発展(*)する萌芽の刻みで始まり、(SEC-A)対比する弦楽の9の属和音の刺繍を伴った一定の旋律の反復する木管の土俗的な部分(SEC-B)と数回交差するごとに旋律の萌芽を育てて行き、管弦楽の暴力的な表現にまでもって行く。
(*)すでにAの要素は「春の兆」しで低音の裏打ち以外は、後述の木管のオプリガードのトリル共に出現している(練習番号28+5小節目1967年版目安)

大雑把に区分けすると
A×3 B(準備)A×2 B(2小節の全貌)

次節ホルンと弦楽による旋律的としての提示行われる
A×2(ホルン和音) A’の旋律的細胞展開(三小節) 左のホルンとフルートに拠るA'反復

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さらに木管のトリルのオプリガードで管弦楽のテクスチュアの変奏がなされ
A’そして六拍子に伸ばされ小節単位でAの拡大された枝葉末節が提示され、ここにおいでバスのオスティナートが旋律を趣向していることを観察できる。
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次の節でBが久し振りに提示そのありAの要素で管弦楽を増大した、暴力的な咆哮へ以下略


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とぃう件になるが。
ゲルギエフはここにつけられたデュナミークをやや誇張して敢行しており、それにより、まるで背景の舞台背景の垂れ幕が幾重かに重層し、交代するかのような擬似的空間感覚を醸し出す次第であり、これはかつて類例のない土俗的共感というより・・・劇場要素のギミックとして捕らえた当曲への先進的解釈のようでもあって、むしろ土俗よりも非常に未来的な感性に、当演奏家の読みの深こそ、円海山的には感心させられた次第にて候。

斯様な箇所もあり、前回の間違いが非常に惜しくもあり、世間のロシアの土俗として「ブラボウ」最上級の一言で扱われるは何か違う思いひとしな思いに駆られるのでが、皆様如何なりや。

なお件のオスティナートはプロコフィエフの「つかの間の幻影」などでも借用したのか、偶然に類例になったのか?類似するものが観察される、さらにゲーム音楽では最近頻繁にとりあげている恐縮な「三共」のパワフルシリーズの旧作の「ワンダーパワフル」でのスライドリーチの音楽に似たエリクチュールを見つけることが出来、ストラヴィンスキーの春の祭典の書法が後の、生活とかの発生起源とは別の次元で音楽的脈絡以外で切り貼りされる、音楽の用途と要素を予見していたのではとも想像させる次第である。

次回はサロネンの春祭での「拘わった美しいギミック」でも・・・・
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by dr-enkaizan | 2005-06-13 00:50 | クラシック
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