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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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サリン事件10年回想

当時の回想(たぶん初公開)個人的な思い出なれど・・・・・。

 当時ラジオ・エバンゲリオン・バシレイアスに1月ごろから奇妙な救済へのメッセージが流れるようになり。いやな予感が、その前年に怪しげで気味の悪い表向きヒーリングなヘッポコ番組にサリン・アトロピンなどの話題も暫し現れる。そして活動の広がりと狂信を表すかのようなカラオケ大会が繰り広げられもはや、興味深いながらも常人理解の環境とは思えない状況ではあった。
 サリン当日の前日風邪がひどくなり、当日朝の勤務先の開始前に連絡をするも誰も電話に出ない状況で、仕方なく開始後にかけるも出ない、その後30分以上たってつながり、連絡のあと東京の状況を知る。

 TVでは道路に避難者が溢れ、最高位救急車両が展開している凄い惨状、「さる筋」で知ったとある伝令系は応援要請と地下鉄から出る換気口の空気の異臭に、二次災害からの避難と注意を促しているとのこと。


 勤務先地下鉄人形町が最寄で隣の小伝馬町では犠牲者も出るほどの状況

 もはや「その筋に詳しい誰もが」わかりきっていた事だが、「その筋の人間」は誰も「言える環境」が整っていなかった、ネット元年はWIN95登場からであり、フォーラムでの阿修羅も未だマイナーなものにて候。しかし予想を上回る行動なのは確か

マスコミは昼前に「サリン」との発表・・・・・「やはり」の感じが強し。

 その夜の団体の放送は自演だった直営PCショップ「マハポーシャ」の火炎瓶テロへの抗議と不自然。さらに翌日の機動隊の捜索の日の最終になった放送はあの有名なメッセイジと歌が流れ幹部二人の抗議対談で終わる。翌日は停波

ともかく95二番目の災害への犠牲者の方に黙祷。
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by dr-enkaizan | 2005-03-20 21:29 | 雑文
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