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六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜び

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特撮ミーハーがゴジラでカリスマに仕立て上げる前の「伊福部昭の夕べ」

オホーツクの海

すばらしいですねぇ・・・・・代々木さん・・・・・・これですよ・・・・伊福部氏の音楽の果ての心象風景は・・・・・・・・・・・・

 1984年は東宝ゴジラがリヴァイバルしたのを受けた年であり、「ヒカシュー」の井上氏がシンセサイザーにて映画音楽のスコアの書法のすばらしさを力説する「ゴジラ伝説」なども発売されて、さらに寛容な伊福部氏自身も三つのSF交響ファンジーを書いてキングレーコードにライブレコーディングされている。

 そんな煽りから特撮の文脈から伊福部氏をとりあげる傾向のが多くなる。

 無論音響技術的に博識でメディアとしての映画音楽の要素は重要ながら、いっぱし芸術評論に!!「アニメ特撮の評論」と「近代・現代音楽の論説」の区別のない、傍から見ると狙った文章にしか思えない・・・それが後から見ると・・いろいろ「アレ」な例はおおく、ぼう雑誌の論説でヴィラロボスの映画音楽作品の元の作品だからといって、いきなり怪獣特撮の音楽詳細で比喩ににはいるとかは、あまりに唐突な思であることを禁じえなかったりする。

一言でいえば#素で読むとそれらの評論には音楽より特撮の場面しか思い浮かばないんですけど?#

クラにおいておる一ジャンルに嵌っている面々には
#ヴィラロボスの音楽聞くにのになぜ東宝の子供映画音楽おわにゃならんの?#とかそれは言いすぎな意地悪な会話もちらりほらり。

 もっとも吉松氏のバルトークの舞台作品の「ウルトラセヴン」ネタのように本質的な芸術要素の類似性を見極めた名文章あるので一概には「悪いわけではない。

 しかし伊福部ファンの中には曖昧な区分けの芸術音楽として?少し冷静になってほしい気持ちもあることをさまざまなところから散見することのある。

 招き猫でかつて報告された。コンサートで伊福部氏作品(タプカーラ)は古典作品と挟まれたときに、いきなり下世話な時代劇の様な音楽をここで導入すると訝る聴衆もいて、それゆえにプログラムレパートリーでの伊福部氏音楽の導入は、まだ主催者側も聴衆も試行誤差の領域にいることを知らされ、流通も同じで 例えば。それは扱うレーベルが東芝ならばユーメックス。キングならスターチャイルドという「特撮アニメレーベル」などでがほとんどであり、1984年当時からの「フォンテック」扱いとは別ながらも?

 明らかに需要が「その方面」であることなどに伊福部氏周辺の各方面に体温差のある表れでもある。

 愚痴はこの辺で ・・・・・・a0007939_13231868.gif





おお よよちゃん 句を読む
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by dr-enkaizan | 2004-11-13 13:22 | 六国峠@盟友探訪
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